第33話 一週間の成果
同じ世界なのに、違う文化がある。
同じ姿をしているのに、違う考えを持っている。
人間はどうしてこうも不思議な、個人の生き物なんだろう。
「ま、幾ら特待生といえどリアがあの島に行くことはまだないだろ…ん?」
フィオは俺の姿をじっと見つめる。
「特待生の服はどうした?」
「捨てた」
一瞬目が点になった後、地震のように震える体。そして怒りが噴火した。白シャツの胸倉をつかまれるとは俺も思っておらず反射的に身を引く。
「捨てた!歴史伝統博識努力、その全ての証明になるあの服を?!」
いつもの冷静さを失い大声で問い詰められる。
「だってそのどれも持ってねえし」
「そういう問題じゃない!」
静寂な図書館で注目の的となり、こちらを見つめていた生徒に静かにするようジェスチャーをされたことでフィオが怒りを堪えながら手を放す。怖い。髪の毛が逆立っているし目も赤く、あれ赤く見えるぞ。
「1週間の成果をみせてもらおうかしら。来なさい」
とても嫌とは言えない雰囲気…生徒たちが自然と扉への道を開く。
光の向こうに現れた世界は重たい空気を漂わせる。体育館のように巨大な部屋には窓もなく、図書室へ繋がる扉だけが唯一の外との繋がりだった。
階段を下りた先には3メートルほどの段差が円形に彫られ、手すりも設置されていることで隔たりを感じさせる。円形の地は障害物一つない更地だ。闘技場を思わせる中、頭上から何かが降ってくることが影でわかる。俺は思わず嫌悪感に声を漏らした。
凄まじい衝撃と音と共に現れたのは巨大な蜘蛛だ。脚1本で俺の体を貫通させることができそうなほど大きい。フィオを見ると赤い目のまま蜘蛛を指した。
行けということだ。あの蜘蛛を倒せと言っている。
蜘蛛は長い8本脚のうち4本で顔を洗っている。まだ襲い掛かってこないが、闘技場の中に入ったら向かってくるんじゃないのか?もう一度フィオを見た。
「大蜘蛛、よく現れる魔物よ。コツを掴めば容易に倒せるから魔法で倒せ」
「下に降りて?」
「当たり前でしょう?」
向かってくる彼女に突き落とされる気がし、腹を括って飛び降りた。刹那蜘蛛が金切り声をあげる。威嚇なのか蠍のようにケツをあげる姿が滑稽だが、そんなことを笑う暇はない。
俺は透明度の高い水色の液体を鞄から取り出し飲み込んだ。身体軽量化の薬だ。効果がかかるまで5分ほどかかるが念には念を入れ飲んでおこう。
薬は有限だが、いくらでも作ることができる。
瓶を蜘蛛になげたところで避けることさえしない。体が硬いのか割れてしまった。おそらく1ダメージも与えていない。
仕返しと言わんばかりに吐き出された緑色の糸球を見事避け薬師の研究セットで属性確認を行う。どんな魔物も属性がわかれば対応しやすいからだ。この糸は近くに来ただけで特徴的なにおいを感じる。
俺の属性予想と結果は一致。糸が毒属性を持っている。毒はよく燃えるんだが、俺は極力火炎魔法を使いたくない。
「≪風に舞う花吹雪。凍て弾けて弓となれ≫紫雨夜」
クキュネの魔法を発動させる。いくつもの氷の弓が蜘蛛に向かい、再び飛ばされた糸に穴をあけて襲い掛かる。しかし、その一本すら蜘蛛の体に突き刺さることがない。一体何でコーティングされた体なんだか。
蜘蛛は2本の脚を鎌のように振り上げて俺に直進してきた。巨体から横へ逃げるには少し厳しい。
「≪風よ攫え≫ブリーズ」
俺は自らの体を宙に浮かせ、蜘蛛の反対側に着地し別の魔法を与えようと考えた。しかし、奴の頭上より少し後ろに回り込んだ途端糸球よりも細い糸が出され、俺の脚に絡みつく。8個の目は伊達じゃないってか。
地面に向かって叩きつけられそうになるところで再度風魔法を撃ち反動で身を守る。
引っ張っても糸は切れない。細いものは糸球のように毒は含まれていないが頑丈なようだ。破魔水を打ち込んで糸を断ち切る。知恵を持ち頑丈な体に身を包んだこの蜘蛛がよく現れる魔物なのか。
俺は自室に小さな蜘蛛が出てきた際の対処法を思い出す。よし…地面に手をついて
「≪土よ、我が思考の種となり具現させよ≫樹木の型」
巨大な枯れ木をモチーフに土の塊を出現させる。得意の軽快な身体能力で蜘蛛が向かってきていようと上へ登り続けた。頂上まで登れば5メートルほどあるだろうか。本当はもっと上へ行きたいが、邪魔者がそうさせてくれない。
蜘蛛が木にぶつかり土の塊を折るより僅か先に飛び降りた。
「≪漂う風よ打ち上がれ≫突風」
急な上昇気流によって一気に蜘蛛が立とうと届かない場所まで浮かび上がる。こちらを見るフィオさえゴマのようだ。蜘蛛を殺すときは上から押しつぶすだろう?
「≪大いなる土よ。かつて彷徨った巨人の拳と共に敵を討ち滅ぼせ≫ヨベルの鉄槌」
どこからともなく現れた土は固まり巨大なハンマーを形成する。薬を飲んでいたのは正解だったと思いながら、俺は拳を振り下ろした。連動してハンマーも振り下ろされる。
巨大な影にこちらを見上げた蜘蛛でさえも避けることはできない。激しい振動と共に鐘をついたような音が鳴る。まさかこの圧力に耐えるような外皮ではないだろう…
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