第32話 自由の形
目が見えないはずの老人が俺を見つめているのがわかる。きっと姿が見えないだけで、何か感じ取れるものがあるのだろう。満足げに頷き、博士に指示を出した。博士が持ってきたものは宝箱のように端が金属でおしゃれに施され、クリスタルの錠がついた箱だ。鍵を手渡され開けてみる。
木で細かく区分けされた箱の中にはガラス瓶が全て詰められ、中にカラフルな液体が詰まっている。
これは棚にある物と同じ魔法薬だ。驚いて老人を見上げると微笑んでいる。
「入門セットだよ。この薬を全部作ることができるようになって初めて薬師を名乗ることができるようになる」
「なんでそれを俺にくれるんですか?」
「薬の学び方は0から1を知る方法だけではない。1から0を知ることによって作れるようにもなる。これを逆算という」
「逆算の仕方は僕が教えよう。原料を知れば応用もできるからね」
浮かんだ疑問を言葉にせずにはいられない。
「なんでここまでしてくれるんですか?ただの生徒なのに」
そうだねえと言いながら老人は天井を見上げた。魔物の角がいくつも重なりできた電球が飾られている。
「魔法が生まれ、薬について学ぶ者は少なくなってしまった。そして魔法から人々は距離を置き薬を欲している今生産者が少なく供給が追い付かない。あんたを助けることはね、私が助けられない子供や大人を助けることにつながるんだよ」
老人は震える手を見つめた。
「もう、わたしゃあ長くない。あんたにも、ルークにも私の知識を授けるつもりさね。それが魔導書のない人々の意志の継承だよ」
彼女の生きた証がステンドグラスとなって輝いている。
…
学校の姿が見えてきたとき、俺は博士に頭を下げた。
「謝った理由を教えてくれるかい?」
言葉は優しいが表情が笑っていない。俺は地面を見つめたまま答えた。
「博士たちが守っているものを傷つけたからです」
「僕たちが守っているもの?」
「街の人たち、いや全ての一般人じゃないですか?」
あー…と博士はため息交じりに言葉を吐くと俺の頭に手をのせてなでる。
「そんな綺麗なものじゃないよ」
その声はどこか寂し気だ。
「さあ行こう!みっちり怒られてもらうよ、君も」
「え、本気ですか?」
俺たちが通りすぎた木に誰かが隠れていた気がして振り返る。見間違いと再び駆け出した。
木の幹の上、幾つにも分かれた細い枝の上で按邪は水晶を転がしていた。口角を大きく上げたままその姿は砕け散る。
それからというもの俺は空き時間の大半を理科室での実験に使い、就寝時間となった学校をレグの魔法を使って変身し抜け出し、召喚獣を呼ぶ巨大なホールを鍵閉めの魔法で孤立させ魔法の練習に使った。
何度も試したがこのホールが最も人が近づきにくい。鍵穴の中にある遺物を恐れているんだろう。彼らが亡霊となって彷徨っているなんていう話もあるから。
そして再びフィオに会う日がやってきた。
図書館で虚ろな目で本を読んでいる彼女に声をかけるのは勇気が必要だった。
「フィオねえ?」
首を傾げながら伺うと目の色を変えて振り返る。そして抱きしめられた。
「リア!会いたかったわ!」
押し当てられた胸から脱出するが、流石に顔だって赤くなる。
「顔色悪いみたいだけど大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。任務で眠れなかっただけ」
そういえば、俺はまだ任務を経験したことがない。怪我をしているようには見えないがこれだけ体力を消費するとなると魔法を使い続けているんだろうか。
「心配?」
「そりゃあ…」
フッと微笑んで視線を流し、本を閉じる。
「私を心配する人なんていなかったけれど、こういう子がでるとなんとしても帰らなきゃって気になるわね」
「帰るって?」
「隣国アルデバランとの領土争いの様子を見てきたわ。怪我人がたくさんいた。増えていた。相手も魔法使いだから地形が変わるような戦いをしていたわ」
アルデバラン…そこがどんな国なのかはわからないが俺たちの国もどうしてもその地を獲得したいみたいだな。
「一体何があるんですか?」
「争いの地になっている島は中央に大きな空洞が開いているの。物を落としてもいつまでたっても着地音がしない。魔法を撃っても落ちていくだけ。ここは今ある場所へ続く入口として考えられているわ」
狭間の世界?という解答に彼女は首を横に振る。
「地下層の更に下、対なる魔法が眠る土地サイハテ」
地下層の更に下に続く道が中層にあるのか?だとしたら一体どれほどの深さがあるのだろう。しかも穴ということは日光が届かない。真の暗闇に包まれた世界。
どんな魔物がいるのかも、瘴気が出ているのかもわからないところに国をあげて人を降ろそうとする者がいるのか。
「我が国が天ノ都を所有している以上、対なる魔法を手に入れなければアルデバランは対等になることはおろか永久に従い続けることになる。彼らはそれをどうしても阻止したいんだ」
「なんでですか?」
「アルデバランは魔法使い管理制度をとっていないからだ」
隣の国では魔法使いと人々が共存している…
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