第31話 未来の選択2

俺たちはそこにつくまで一言も会話をしなかった。

ようやく口を開いたのは店についてからだ。公園に佇むような何の変哲もない小屋。しかし入口には様々な種類の青い花が数えきれないほど咲いていた。すぐ脇には池があり水車が回り続けている。学校と関係があるようには見えないほど魔法からかけ離れた生活感だが、この青が関係の象徴なんだろう。


「ばーば?僕だよー」

博士の後に続く。外は太陽が丁度頂点に登ったくらい明るいというのに、室内は夕暮れ時の雰囲気だった。

屋根からは何の草かわからない雑草が干す為にぶら下げられており、カーテンのようになっている。床にも踏んでいいのかわからない蔦が張り巡らされているが、博士が踏んでいるからいいことにしよう。


カウンターの上にも勿論色とりどりの花が置かれていたり、水晶の中に入って装飾品となったりしているが最も目を引くのは奥の棚だ。

「綺麗だ」

気まずさを感じていた博士の隣に並んでしまうほど引き寄せられる。輝く液体が入った瓶の数々。

透明度が高く、日に当たったものは壁に自然が作るステンドグラスを生み出している。液体はどれも似ているだけで全く違う成分を持っているのだろう。数えきれないほど棚に並べられ、若干の色の違いで区別されていた。

瓶の形も宝石を模したものから水晶のように丸い瓶、金魚を入れるような袋型の瓶などオリジナリティにあふれている。


「魔法は誰が唱えても同じものが生まれる」

見上げた博士の眼鏡もカラフルな光を写していた。

「でも、全く同じ薬は生まれないし工夫1つでここまで美しく形に残すことができるんだ。表現は人間の遺産だよ」

「博士はなんで」

「あー騒がしいね。誰だい?お客かい?」


なんで教師をしているのか聞こうとして言葉を被せられる。知らないガラガラ声が頭上からふってきた。二階から見下ろしていたのは肩につかない程度まで無造作に伸びた白髪の老人だ。黒く四角いサングラスをつけている。


「バァバ、降りてきて。僕の生徒を紹介するよ」

「ほおーあんたに生徒ねえ」

コツコツと目立つ音が響くのは杖をついているからだろう。ゆっくりと猫が階段を下りるような速度で老人は降りてきた。


「わたしゃあみんなのババぁ。薬を作って何かと交換する物々交換で暮らすババぁだよ」

「リアです」

ガタガタと激しく震える手を差し出せれ握手をした。力は強い、手がツルツルしているのは薬品で指紋やシワが消えてしまったからだろうか。


「こーんな若いのを薬の道に連れ込んで」

「彼から志願してくれたんだ」

まるで家族のように博士と慣れ親しんでいる。

「待ってな、今茶をいれるよ」


本当に激しく震え続けていた手なのに不思議だ。彼女が恐らく急須であるビーカーを掴んだ途端に震えが収まっていた。どんな些細な分量ミスも許されない薬の道に精通していることがわかる。年老いても本物だ。

「わたしゃあねえ、反対だよ。魔法使いが薬を学ぶなんて」

良い香りのするお茶と共に博士がハーブクッキーを出してくれる。ソファーに腰を下ろすと彼女は大きなため息をついた。


「あいつを」

「その話しないでよ!たった1人の生徒なんだよ?!」

「じゃあこのまま隠すつもりかい?かつて薬を学ぼうとした者の結末も知らずに」

「そ、それは…」


博士が俯く。

「私の薬を持って帰りたきゃあ、覚悟を決めてからにしな」



老人が今よりも若く、この店もできたばかりだったころ。素性を隠して1人の男がよくやってきていた。彼は自身で薬を作るには心底向いていないと分かる程不器用で抜けていたという。老人は周囲の者の目を気にしないと決め込んでこの店を開いていたため、彼もただの客だと思っていたらしい。

当時は薬よりも魔法に頼られ、誰もこの僻地を訪れずにいた。1人の女性と秘密を持つ男が親しくなるまでそう時間はかからず、彼女は様々な特性を持つ薬を作り続けた。


金属を発熱させる薬、降りかけたものを透明にする薬、飲めば筋力が格段に上がる薬など彼が求める物を何でも作り差し出した。一方男は簡単に手に入れることのできない魔物の皮や美味しい木の実を提供したという。彼が魔法使いであることは今思えば容易に想像できたが、昔は盲目的になっていたという。


「魔法使いが薬を使う必要なんてなかった。私が作った薬を彼は自分の仲間たちに与えていたんだ」

「自分たちの仲間…?」

「反政府組織。レジスタントだよ」


反政府組織、名は聞いたことがあるがいまいちパッとしない。俺の表情を見て博士が口を開く。

「打倒国王を掲げ反乱を起こし続ける奴らのことだよ。国王を倒した後のことは明らかになっていないけれど、下層や中層の一部から圧倒的な支持を誇るんだ」

「そんな奴らを国が放っておくわけもないさね。男は仲間共々掴まり処刑された。そして、私も加担者としてこの目を奪われたのさ」


言葉に詰まる。

「つまり、俺が薬剤について学んだら博士たちは殺される可能性があるってことですか?」

何としてもそれは避けたいことだ。俺の好奇心で人を殺すかもしれないだなんて。

「いや、流石に授業として認められているからそうはならなけど疑いの目が増えるんだよ」

「もしやましいことをすれば罪なき罪で囚われる可能性もある。あんたはそれを理解して、真っ当な道を進むよう努めなければならないんさ」


真っ当な道といっても、俺はいずれ学校をでて世界をノートと歩くと決めている。

既に道を外すことは確実だ。そしたら、この老人や先生はどうなってしまうんだろう。学べば必ず力になるが、俺はここで裏切りを決定するのか?


「今やめておけばそこらの興味本位で受けた学生と同じ扱いになる。あんたはどうする?」


先ほど街を駆けて感じた風を、自らの鼓動を思い出す。

あの自由を生贄に、信頼を捨て、邪魔者を魔法でなぎ倒し、孤独の道を進むのか。

否、俺は真の意味で魔王にはならない。

理解者を作り、仲間の輪を広げ、魔法使いと人の科学を共存させる。なら…


「俺は薬の知識を得ます。有益性を証明してみせる」


誰も裏切らずに済む方法を探せばいい。化学に不可能はない。実現させる方法を俺たちが知らないだけだから。そうでしょう、ルーク博士。

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