第30話 勇ましい者

思わず感嘆の息を漏らす。

初めて訪れる中層の街並みは賑わっていて人は笑い、子供は駆け、動物は呑気に居眠りをしていた。

右も左も隙間なく家が建っていて、露店が並ぶ。見たこともないキラキラとした飴や鑑賞用の鳥が売られていた。キョロキョロしていては人にぶつかる俺と異なり、博士は人の間を縫って進んでいく。あまり離れないでとは言われたが、ついていくのも一苦労だ。


「あら兄ちゃん買い物かい?」

「お腹空いたろう食べてきな!」

「あ、いや」


おばさんたちに腕を掴まれると振り払うのも気が引ける。しかし、外で食べるわけにもいかないし金もない。

「俺行くとこあるんで」

「なんだ予約済か」

おばさんたちは手のひらを返し全く興味がなさそうに立ち去る。次から予約してるんでって言おう。遠く離れた博士を追うが目移りしすぎて見失ってしまった。刻印はまだ発動していないが、この街中で痛い目に遭うのは避けたい。しかも、博士は魔法使いであることがばれない様にと俺に農民服を貸してくれた。


魔法使いに理解がある者は少なく、トラブルになることが多いそうだ。長袖をそっと引っ張る。

一先ずこの大通りを離れようとゴミが散らばる路地裏へ避難した。


騒がしさに蓋をしたようにこちらは静かで暗い。ステージの裏側を覗いているようだ。

道にぐったりと横になっているものもいる。声をかけたいが、やめておいた方がいいだろう。大通りが表なら、ここは裏ということだ。表では皆明るいふりをしている。


早く抜けた方がよさそうだったが路地裏は迷路のようにいりくり、どこに繋がるのかわからない扉ばかりある。完全に迷っていた。しかも先へ進むには屈強な男達の横を通らなければならない。こちらを見ている気がする。うつむきがちに、なるべく早歩きで過ぎ去ろうとした。


「おい、迷子か?」

声をかけられた。ヤバい。走り出すが筋肉質な腕に手を掴まれ振りほどくこともできない。

「逃げるってことは迷子ちゃんだよな?ああ?」

「馬鹿だなこんな暗い道に入り込んで」

「放してもらえません?」


ガンを飛ばすが口笛を吹かれてしまう。そりゃあ筋肉の塊みたいな男が子供にすごまれたところで効果はないだろうな。魔法に頼り、自身の肉体を強化しないのはどの魔法使いにも共通している。


「通行料払えよ。ここは地元の奴しか通れない」

「そんな看板もなかっただろ」

「見つけられなかっただけだろう?財布だしな」

「持ってねえよ」


壁まで追いやられ、2人に囲まれる。こんな時に博士が来てくれたらどんなにいいだろう。

「嘘つけ。ちょっと見せてもらおうか」

男は問答無用で俺の鞄に手を入れる。男が取り出したのは反撃球だった。首を傾げて捨てたそれが地面に当たってインクのように散らばる。それをもう一人の男が見ていた。


「こいつ!王国兵の武器持ってるぞ!」

腕を掴む力が強くなる。振りほどこうとまた手を動かしたとき服の裾が下がり、刻印が露になってしまった。男たちは目を見開く。こうなればもう隠す必要はない。

「≪光よ≫レイ」

閃光がシャッターを切るように走る。驚いた男は俺の手を離した。その隙に駆け出す。

「待てゴラ!」


気が付けば避けて歩いていたゴミも踏みつぶし、水道のパイプを掴んで障害物を飛び越え、階段の手すりを滑って逃げていた。ああ、この感覚…

自然と口角が上がる。大通りに出ると男たちが声をあげた。

「魔法使いだ!!」

様々な人の動揺が見て取れるが、そんなもの気にしない。

俺にはこの光景が懐かしく思えていた。盗みをしていた時と同じだ。唖然としている隙に横をすり抜ける。飛び掛かってきた奴は別の人を盾にしてすり抜ける。キック、ターン、たまにステップでタイミングを遅らせる。人々を出し抜く。楽しい…!!


広い橋に出る。風が吹き抜け、数十メートル下には綺麗な小川が流れていた。

飛び込んだらどんなに気持ちがいいだろう。思考と体は連結し、正常な脳が博士を探せと指示するのも無視して橋から飛び降りた。悲鳴も聞こえる。

この位なら大丈夫だ。


激しい音と体に当たる水の衝撃。驚いた小魚たちが逃げていく。

ただ揺れる海藻も真っ赤な蟹も水面下の雑草も、水の中からみる太陽まですべてが美しい。なんの特徴もない普通の街に、美しい景色は溢れている。


魚が開いた道を泳ぎながら近くの船着き場に上がった。

「≪渦巻け≫旋風」

自分の身に風を当てて水分を飛ばす。濡れたままだと飛び込んだ奴だとバレてしまうからな。

「初めての遠足で問題を起こすなんて、いい度胸してるね」

寒気を感じて振り返ると眼鏡を光らせてこちらを見つめる博士がいた。言い訳しか浮かんでこない。


「ゴロツキに絡まれて」

じりじりとせまってくる博士に申し訳なさを感じる。戻れば俺以上に博士は学長から怒られるだろう。

「ついておいで。この帽子をかぶって」


博士は自分が身につけていた帽子を被せ、同じ大通りへ繋がる道を歩いていく。

大通りでは不穏な空気が漂っていた。先ほどのにぎやかさとは異なり、皆不安そうな表情だ。

「今度こそ絶対に僕の後ろから離れない様に」

ぴたりと寄り添って道を進む。


「魔法使いがいたんですって?」

「やだわ、復讐でもしにきたのかしら」

「ここ学校にも近いし抜け出したのかも」

「いや、ここに反政府組織の拠点があるんじゃないかしら」

「怖いわ」


沢山の声が聞こえてくる。皆震えていた。

「ああ、先生!」

「先生!」

1人が声をあげるとあっという間に人々が博士を囲む。


「やあ皆さん、不安そうにどうしたのかな?」

何事もなかったかのように笑顔だ。俺はばれない様に俯く。

「実は今、魔法使いが現れて」

「えー?今ですか?脱走者がいるなんて話は聞いてないけどな」

「本当ですか?」

「私はあの学校の教師ですよ。もし脱走者がいたらこんな呑気に買い物できませんよ」


人々は安堵の表情を浮かべる。そうよね、と誰かが言い聞かせ誰もが博士の言葉を信じた。

「先生は私たちの誇りです。勇者ですよ」

「とんでもない。じゃあお店に向かうので」

「頑張ってください先生、魔法に負けないで」


この世界で魔法使いがどう思われているのか、身をもって知ることができた。

持たざる者と手を取り合う?洗脳状態にある彼らとどう話せばいいというのか。博士が勇ましい者と呼ばれたのも納得がいく。

魔法に対して人は無力だ。きっと、俺が魔法を唱えれば博士に傷を負わせること位できるだろう。しかも

その傷がすぐに癒えることはないとくる。

命を懸けてこの人は教師をやっているんだ。


一体、何のために。

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