第29話 未来の選択
凍てついた炎は、炎を生かしたまま氷で閉じ込めたもの。
炎の熱でも溶けることがない氷ができれば、この戦いの勝利はクキュネということになる。
勢いを増した炎にクキュネは身の危険を感じその場を飛びのいた。ダイヤモンドダストの魔法は消え、炎が教室の壁を燃やす。
「風の中に水を浮かばせることができないように、属性には有利不利が存在する」
鉄仮面は壁の炎を消すと俺を見つめた。
「炎と氷の合体魔法で作ることができるのは凍てついた炎以外に攻撃魔法しかない。お前たち授業で合体魔法を成功させるには随分難易度の高い組み合わせで挑んだな」
鉄仮面から視線を逸らす。そうだったのかと思うと同時に彼の威圧感を直視することができなかった。
クキュネはじっと自分のレイピアを見つめている。
「貴様らは失敗だ。罰を与えるから覚悟しておけ」
「はい…」
俺たちが前に出た影響でその後合体魔法に挑戦する者も皆の注目を浴びることになった。
俺は少しでも多くの魔法を覚え、使い、羊の書に記させようと必死になっているがクキュネは心ここにあらずという様子で前を見続けている。
やはり失礼だっただろうか。また元の関係に戻ることができるか不安に感じる。
そんな俺に気が付いたのかクキュネは口を開いた。
「詠唱が短い魔法は長い呪文に劣る。その現実をひっくり返したわね」
現実というか常識だったんだろう。俺世間知らずだな本当に。
「あなたは、これからたくさんの現実を覆えていくんでしょうね」
「そんなことないと思うけど」
クキュネは神秘的な水色の魔導書を出す。俺は見たこともない小さく花が短い象のような動物が描かれている。
「これは、獏の書」
そう語るクキュネは表情はいつもの同じなのに悲しそうだ。
「≪夢路を消し去り…進む先、転がる骸を越えていく≫他人を潰し己の道を歩む者が得る本だと言われたわ」
「誰に?」
「同じでしょ?アンドニウス」
クキュネもどこからか扉をくぐってきている。そして彼に会ったんだ。
「私は今日を境にもっと強くなる。本当に誰かの人生を潰すのかもね」
長い白髪が名残惜しそうに席に手を振って去っていく。もし書の人生を歩むのだとしたら、彼女をその道に進ませたのは俺なんじゃないだろうか。
…
「それで校庭の雑草とりを命じられたわけかーなるほどね」
薬学のルーク博士と共に合体魔法失敗の罰でもある校庭の草刈りに励んでいる。授業ではないのだが
「おー!これは麻痺の成分がある球根じゃないか!ほら見て見て!」
こうして知識を教えてくれている。合体魔法をまともに使えない者が魔法で草刈りをしようとするなと釘をさされ、正直面倒だと思っていたが視点を変えればこの作業は宝の探しになる。
「あの、授業じゃないですけどこのあと理科室借りてもいいですか?」
「勿論だよ!僕も実験しようかな」
既に博士のポケットからは様々な葉が入りきらずに飛び出している。一方の俺は何も持っていない。
これは俺たちの力量差だ。
雑草を無心でいれていた籠を持ち上げる。
「これ全部理科室に持っていきたいんですけど」
博士の表情が輝く。
「嬉しいな!使える百草は少ないが、そんなに薬が作れるようになりたいかい?」
何度も小刻みに頷くと博士は更に笑う。泥まみれになった手で汗をふき、顔も汚れた。魔法使いは土をさわらないだろう。こういうところに一般人らしさを感じる。
「なら、遠足にいこう。僕がお世話になっている薬局があるんだ」
薬局、ということは街に行くつもりなのか?この学校をでて?
「授業の一環だと言えば大丈夫さ。作るなら人々が使うようなきちんと製品化されている物についてもしらなければならない。見たいかい?」
「行きたいです!」
即答していた。
迷う必要もない。この学校の外を知ることができるのはどんなに近い場所であったとしても大きかった。もしかしたら記憶に繋がるようなこともあるかもしれない。それに、純粋に普通の街を見てみたかった。
「じゃあ申請を出してこよう。明日の授業で行くよ」
「そんな簡単に行けるんですか?」
「生徒は君1人だからね。管理に問題はない」
足を弾ませ、雑草を落としながら報告に行く博士だが"管理"と言われた点に少し傷つく。忘れてはならないのだ、俺たちは自由でないということを。
しかし、どんな状況であったとしても今は知識をためなければ。
「≪守れ≫水兎」
雑草の加護に水を入れ浮かばせる。クキュネの言葉で昨日俺が食器洗いに失敗した理由がわかった。水兎は水の属性魔法でも相当弱い魔法だ。トルネードの呪文に比べると詠唱がかなり短い。素の力では完全に負けてしまう。
「もう同じ過ちはしないぜ」
俺は授業で他の生徒が使っていた風魔法を唱えた。
「≪渦巻け≫旋風」
水球の中で渦潮が発生する。雑草は洗われて水が汚く濁った。籠の中で水球が弾けると土がすっかり落ちた様子がわかる。同じ力の魔法を組み合わせることで合体魔法は生まれる。魔法の基礎として覚えておこう。かなり応用をきかせることができそうだ。
きっと水兎と旋風を合体させた詠唱を構築すれば、この渦潮をいつでも簡単に発生させることができるようになる。
順調だ。
俺は理科室に向かい、実験と共に明日の準備をすることにした。
「遠足かー」
その姿をひっそりと見守る存在。
「僕もついてっちゃおう」
按邪が微笑む。
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