第26話 敵も仲間も

「たくさん教えてすごく立派に育ってもらって、生徒会役員に選ばれるような人材になってもらうの」


嬉しそうにどこか頬を赤らめながら、その場で1回転するフィオ。特徴的な彼女の長いローブが風に乗って円を描き、ゆっくりと元に戻る。彼女は目を閉じながら額に手紙をくっつけた。恋文を渡す前の女の子のように。


「その時、討つ」


決意に染まった言葉ではないが、その声に迷いはなかった。目を開いた彼女の瞳が赤く染まる。

「まだ彼と戦わないであげて頂戴?」

元々彼女の瞳は髪に比べて少し薄い紫…楝色だったにも関わらずだ。その瞳を見た男たちはというと、驚きと恐怖に短い悲鳴をあげた後彼女を見つめ、自我を持たない操り人形のように立ち上がった。そのままフラフラと立ち去っていく。


フィオのかわいらしい笑い声が響く。空間に亀裂が入り、透明なガラスであった魔法は砕け散る。

「獅子は我が子を千尋の谷に落とすというでしょう?リア」

扉の向こうから聞こえてくる騒がしい二人の声により、瞳の色が戻る。

もう口角は上がっていない。踵を返したフィオを闇の中から複数の目が見つめていた…



「シャドラどうしたの?」

鳴き声をあげることができない黒猫は寝室入口の扉をひっかき続ける。不審に思ったパンプキンが扉を開くと、俺が初めて戦った相手、拳を鉄に変える男が完全にのびていた。

「誰これ」

「こいつ合格したのか」

「知ってるの?」

「追いコンで戦った」

「同級生に襲い掛かって負けるとかダッサー」


「なんだと!」

「んなー!!」

何の前触れもなく上体を起こした男にパンプキンがひどく驚いたことが叫び、いや鳴き声でわかる。思わず笑いそうになってしまった。

「あー!お前あの時の!」

「よお」

騒がしい男だ。俺のことを指したまま腕を上下させる。相手がこうも元気だとこちらは頭が冷静になってくる。どうしてこんなところでのびていたんだ?


「あ!あの女はどこにいった!」

彼をきっと脳筋というのだろう。戦っているときも感じたが、こいつポテンシャルは高い。常にキビキビとした動きではある。

「女?誰もいなかったけど?」

「そんな馬鹿な。俺はあいつに…!」


言いかけた口を塞ぐ男にパンプキンはニヤニヤと尋ねた。

「なになにー?女の人に負けちゃったの?しかも、そういうの恥ずかしくて言えない感じー?」

「うるせえよ!負けてねえ、油断しただけだ!」

「それ、俺に負けた理由でもあるんじゃないのか?」

「ダッサーい」


拳が震えるほど怒ってるぞ。これ以上面倒ごとになるのも厄介だからこの辺りにしておこう。

「飯食ってく?俺が作ったわけじゃないけど」

「は?」

「えーなんでよ!こんな奴いらなーい」

「ハア!?」


もう追いコンは終わった。特に対立している必要もないだろう。それに、こいつは変異魔法の持ち主だ。

属性魔法のクキュネ、おそらく創作魔法のパンプキン、一応覚醒すれば次元魔法が使えるレベルの俺。こいつと顔見知り程度でも親しくなれば変異魔法についても知ることができる。

一足先にテーブルの近くに腰を下ろし、クッションをもう一つ用意する。

ちぇっと言いながらもパンプキンも俺の反対側に腰を下ろした。真ん中に穴が開く。


「来ないのか?」

「んー…」

複雑に思っているのが表情と漏れる声からわかる。負けず嫌いだな相当。

「お邪魔します!」

お辞儀までして入ってきたぞ。礼儀正しさに驚く。なぜか憎めない。といっても、こいつが今俺にかみついてこないのは特待生の制服がないからだろう。今日は言わずにやり過ごすか。


「俺、リア」

「レグ…」

「パンプキーン」


気づけば、今まで俺から友好関係を作り上げたことはなかったな。クキュネもパンプキンも二人から俺に近づいてきてくれた。気まずそうにレグは頭を掻く。

「俺、地下層から来たんだ」

博士以外には話さなかったことを伝えてみる。この世界では地下層はどんなところと認識しているんだろうか。パンプキンでさえも驚いていた。でもな、これを言おうと思ったのはお前のおかげなんだよ。俺の背景の一部を知ってもこうやっご飯を食べてくれるだろうか。


弱みを曝け出して絆は深まるとは言うけれど、俺は彼女を試していた。


「マジ?俺下層のスノーランドから来た」

「え?」

世界図がわからないから反応に困るが、レグは俺に親近感を抱いたらしい。表情に険悪な雰囲気がなくなった気がする。一方、驚くパンプキンは下層でも地下層でもないところからきているみたいだな。

というよりハロウィンモールなんて観光地、下層にあるはずがないか。中級層以上でもいじめや迫害はあるんだな。


「スノーランドって一年中灰色の街なんでしょ?」

「ああ、灰が降り続けてるからな。陽の光を見れるのは灰の雲が途切れる1年間に1度だけだ」

「なんの灰だよ?」


初めてレグが食べ物に手を伸ばす。カボチャクッキーだ。

「15名山のうちの1つ、アケビ山の灰だよ。別名は死の灰。アケビ山は噴煙に石化を起こす有害物質が含まれているんだ。これ美味い」

自慢気に微笑むパンプキン。遠慮せずに次々とたいらげていく姿はこちらも見ていて気持ちがいい。


「魔法なんて言うけど、あそこに住んでたやつの9割がこの変異魔法を使えた。言い方が違うだけで、これは呪いだよ」


レグの瞳に偽りの雪景色が浮かぶ。

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