第25話 超えるべき背中

「信じない」


即答するパンプキンを羨ましく思えた。自分という確立した存在を彼女はもう手に入れているんだ。

「でも、私は…誰かが見ている夢なんじゃないかって思う」

パンプキンは静かに肉の火を止めながら肩越しに俺を見た。悲哀を感じる。


「黒猫を連れたハロウィンモールの魔女って、あの街に行った子は憧れたことがあると思うんだよね。短いスカートに立派なとんがり帽子被ってさ。かぼちゃのお菓子に消えちゃうキャンディを作って毎日過ごすの。私…人間って誰かの夢から生まれると思ってる。みんなきっと、誰かの憧れなんだよ。でも、憧れだけでできた最強なんてつまらないから、それぞれ試練や苦しみを抱くんじゃないのかな」


憧れ…俺は魔法使いの面だけでみれば最強に成り得る存在だ。

何人がそんな自分を夢みるだろう。周囲から賞賛され、仲間と笑いあう姿を。ピンチに頼られる存在となることを。しかし、現実は突出した才能を持つ者は理解されないものだ。

人々は違いを恐れる。憧れられる程度の人は本当の才能の持ち主ではない。


「悲しみを乗り越えた先に、きっと明るい未来が待ってる。私はそう信じる」


テーブルの上に勢いよく炭と化した肉が置かれた。

「活力を得るには美味しいご飯を食べてゆっくり寝るに限るのだ!食べよう!」

「これ炭」

「肉」


俺が自分の前世を知ってまだ数日。

しかし、パンプキンは生まれてから何年も自分の存在について考えてきたんだ。今の彼女に至るまで何度涙を流し、何度拳を握りしめて寂しい夜を過ごしてきたのだろう。


寝室から見える空をきらりと星が横切った。

流れ星だ。

『消えるまでに願い事を3回唱えると夢が叶うんですって』

俺の隣に座る女性が髪を耳にかけながら言い、窓へ歩いて行った。誰だ…?

『この一瞬で3回なんて非現実的な話だ』

声だけ聞こえた。声の主は女性の隣に立っているのか、女性は左を見上げる。

『星が横切るような短い間でさえ夢について考えられているのなら、その夢は叶うと思うけど…』


「あっち!!」

頬に熱を感じて退くと肉を咥えたシャドラが俺の隣に居座っていた。

「何ボーッとしてるのさ」

「今女の人が」

窓を指すが当然の如くそこには誰もいない。首を傾げるパンプキンと肉を食べ始めるシャドラ。

見えていなかったなら、今のは俺の記憶か。

まるでここに存在していたようにはっきりとした幻影だった。疲れているんだろうか。ああ、マーラに寿命縮められたしな。


俺は炭にフォークを突き刺し、一口で詰め込んだ。なんて贅沢。たとえ炭だとしても、俺は地下で僅かに食べたことがある肉を今丸飲みする。

「美味しい」

パンプキンの輝く瞳も俺の行為を真似た。飾らずにいられる関係に俺たちはなれるだろう。今は無理でも、時間が経てば。いや、時間が経てばクキュネやフィオにも俺の素性を明かすことができるかもしれない。


ワイワイと騒ぐ俺たちの部屋の前で壁にもたれる者達がいた。

「こいつか?」

「ああ、間違いない」

「じゃあ出しとく?」


フードを被った一人の男が差し出したのは蝋で封がされた青い手紙だ。

周囲の者も頷き、手紙は俺たちの名と部屋番がかかれた表札に挟み込まれる。この学校で青い手紙が意味するもの…宣戦布告。

つまりこの手紙は俺への挑戦状になるわけだが、その手紙は別人の手によって今燃やされた。

魔法の気配に気が付いたフード男が振り返った先で灰になった手紙を吹き飛ばす。


「挑戦状は本人に読まれなければ意味を無効となる。直接渡すことができない腰抜けは指でも噛んでなさいよ」

「誰だお前!何しやがる!」

門限を過ぎた校内を見回す者に与えられた灯がその者の顔を露にする。

「生徒会よ」


フィオは静かにと人差し指を唇に当てる。慌てた男たちが逃げ出そうと走り出すと見えない壁によって行く手を阻まれた。

「空間魔法だ!」

焦るフードの男たちにフィオは冷たい視線を送りながら近づく。

「私の得意魔法なの。ここで何をしようと外部に聞こえることはないわ」

「女のくせに舐めやがって!」


フード男の1人が手を光らせて魔法を放つ構えをとる。

「やめろって生徒会に逆らうな!」

「うるせえ!」

その男は廊下を蹴りフィオに飛び掛かる。

「≪拳よ固まれ≫アイロン!」


勢いのあまりフードは落ち、彼の顔が明らかになる。しかし、フィオにとってこの男は無知で弱い1年生でしかなかった。

「≪反発せよ≫リジェクト」

拳が下ろされた瞬間に彼の体は空間魔法の壁まで吹き飛び、男は気を失う。力を使わずして男を屈服させる姿に残った者でさえ恐怖を覚える。


「すいません、もうしません!」

彼らを隅に追い詰め何に謝っているのかと聞けば実力不足なのに特待生に試合を挑もうとしたことだという。挑戦はいいことだ。高みを知るきっかけになり、特待生は思っているよりもずっと優秀な彼らに焦りを覚える。挑戦状システムは相互作用としてよくできたものだった。


それにしても相手を…しかも新人を認めるのは難しい。特待生め気に入らない、という感情は制服姿になるだけで生まれるのに。

理不尽だ、という言葉は努力をしたものでなければ言うことができない。ただ震える男たちの、彼らなりの努力は才能を前にひれ伏れをしているようである。彼らにフィオはもう未来を感じない。


「彼と制服をかけて戦う人はもう決まっているの。あなたたちじゃない」


フィオはローブの中からまた青い封筒を取り出した。

「私よ」

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