第24話  悪魔の手は救いの手か

「あーあ」


大の字になって空を仰ぐ。まだ青いなあ。ここにいる人たちに空が青いと知らない人たちがいることを話したら信じてもらえるんだろうか。そういえば、この学校で青が特別な色であることは服装や装飾を見てもわかる。学長の炎は勿論赤いし、何を根拠に崇める色として扱っているんだろう。

ハロウィンモールか、どんなところなんだろうな。

クキュネはどこから来たんだろう。

召喚術の先生があんなに小さいのには理由があるんだろうか。


物事には全て理由があるはずだ。

なんとなくの決断を持続することは難しい。大きな決断の前には流す涙があるはずだ。

パンプキン…お前もそうだったんだろう。

弱みを見せるのは大きな勇気がいる。裏切られたら更に傷つくし。だから誰もが強くあろうとするはずだ。弱みを見せないように…悟られないように…恐怖を笑いに変える強さを持つ者もいるだろう。


俺は、強がることも笑顔でいることもできなかった。向かい合っていない、過去の俺に囚われないように逃げ続けている。


「進め進めと落ちていく…」


羊の書を授かった際に言われたことを口に出す。

もう歩みを止めるわけにはいかない。俺の居場所はここになってしまったから。


進み方を変えてみよう。

日差しに向かって真っすぐに伸ばした手で悪魔を呼ぶ。

「お前の名前を呼ぼう。≪マーラ≫」


突風が吹き、風の音が低い笑い声のように響き渡る。魔法陣も詠唱も何もない俺の元へくるのだろうか。

「呼び捨てとは馴れ馴れしい」

オーラも感じ取れていないのに声だけが伝わる。

授業で俺に名乗った声と同じだ。


「詠唱しらないから…」

「まさか本当に転生するとはな。神も遊びがすぎる」

「お前は神じゃないのか?」

「神?馬鹿なことを。私なんか特に悪魔と呼ばれる存在。それも貴様らが名付けたものだがな」


こいつが俺の前世を知っているのなら聞いてみたいことがある。


「俺は、なんで死んだんだ」


返事はなく、代わりに腹が震えているような笑い声が聞こえていた。

「私を呼び、人を殺したからだ」

「は?」


それは突如として俺の目の前に現れた。

鋼の体を持ち、体よりも巨大な骨の手で俺を包んでいる。目であろう青い水晶のようなドームが固まる俺を写した。蛇のように伸びる尾で体を支えている。その骨の隙間に苦しみの表情を感じさせる模様をみた。そう、あれは模様だ…


「お前は、私に108の魂を食わせると誓った。私に捕食される者の姿を見てあの者は貴様を魔王に仕立て上げたわけだ」

「あ、あの者ってだれだよ…それに捕食って…」


骨の手に包まれている恐怖で声が震える。1本の指でさえ、鎌のように尖っているんだぞ。

「教えてほしければ魂を差し出せ」

「な…!」

マーラは俺からようやく離れ、恐ろしい骨の尾で頭を掻く。

「呼び捨てにされてきてやった私の気持ちも汲んでほしいものだ。他の獣は私のようにはいかないぞ。名高い召喚獣は礼儀を重んじる」

「人を殺すなんてするわけないだろう!」

「いいや…貴様は必ず私に魂を差し出し、私を見て罪悪感に苛まれ、私を消す為にまた動き始めるのだ」


信じたくない。俺が前世で人を殺していたなど。信じたくもない。魔王の名に相応しい行為を。

マーラは骨をすり合わせる音をさせて鋭い指で俺の顎を掬った。急所を咥えられた子猫のように動けなくなる。


「私はお前が思っているほど悪い存在ではない。そうだな、初回サービス位はしてやろう。お前の存在は私にとっても助かる」

マーラは日光を浴びながら再び灰のように散っていく。

「転生おめでとう、魔王」


灰が吹き抜けた後、膝から力が抜けどさりと床に崩れ落ちた。

腕が震える。視界を手で覆うが見えてくるものは何もない。知りたくなかった、呼ばなければよかった。俺はまた人生を後悔している。

生まれ変わりなどしなければよかった、誰にも望まれていない命だ…



寝室ではパンプキンがそわそわと何度も部屋を往復していた。

「あー。言いすぎちゃった。思わず黒歴史を公開しちゃった。なんて出迎えればいいんだろう」


ベッドの前にある小さなテーブルにはパンプキン特性の猫型クッキーや学校の購買で売っているびっくりサイダーが並べられている。キッチンではいい匂いで肉を焼いている最中だ。

「ハロー!いやあびっくりしたよ、召喚の天才だったんだね!…いやちがうな。見てみてー私の手料理ー今日はパーティしよう!」

1人で迎える練習をしているパンプキンをシャドラはじっと見つめている。やがてシャドラに彼女は抱きついた。


「どうしようシャドラー!友達がへこんでるときになんて声かければいいのー?!」

シャドラはパンプキンをじっと見てゆっくりと瞬きをするがその意図は伝わらない。しまいにパンプキンはリアのベッドに飛び込んでグルグルとのたうち回り始めた。

「今日のことは失敗すると友情関係に亀裂が入っちゃうのだ。でもこれを乗り越えれば更に仲良くなれるはず。」


パンプキンは立ち上がり拳をあげる。

「困難を共に乗り越えてこそ芽生える友情!共に授業をうける努力!そして私も特待生として卒業!完璧な計画なの…」

「…」

興奮していたパンプキンと、部屋に戻った俺はばっちりと目が合う。

みるみるうちにパンプキンの顔が赤く染まっていった。


「もう最低ー!!レディーの部屋なんだからノックくらいしてよ!馬鹿!」

「いやここ俺の部屋でもあるんだけど」

「うるさいうるさいうるさーい!」


焦げ臭いにおいが部屋の入り口まで漂ってきて、俺はパンプキンがずっと準備をして待ってくれていたことを知った。けれど今は…その行為に対しても申し訳なさしか抱くことができない。

耐えきれなくなって俺は口を開いていた。


「前世って信じる?」

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