第23話 孤独な初日

気配だけを感じ取り、存在を認知することができないのはなぜだろう。

それが俺にゆっくりと近づいてきたと思った時、巨大なモモンガがそれに両手を広げて襲い掛かった。

獣の咆哮がホール全体に響き、体をビリビリと揺らす。


「待って、モモ!」


幼い先生が手を伸ばすも遅く、睨まれただけの視線によりモモンガのマントのような手が消された。

俺たちが見えないだけで魂を喰らう者が何かしたのかさえわからないが、消し飛ぶような波動を感じたわけではなく、それは消えたのだ。

先生でさえ目が点になり、一瞬歯を食いしばった後バケツに入った何かを床にまき散らして魔法陣を消す。さすが教師と言わざるを得ない。こんな時でも冷静に対処する。


モモンガが地に落ちるのと俺の召喚獣が消えていくのはほぼ同時だった。

「私の欲はまだ満たされない」

禍々しいオーラの半分が消えたところで俺は召喚獣にお辞儀をされた気がした。

「呼べ、我が名は…」


モモンガの弱った鳴き声以外、一切音がしなくなる。

魔王に相応しい召喚獣だった。我ながら冷や汗が止まらない。皆が俺を見ている。戻ってきた一部の召喚獣でさえも。

「あの、俺…」

小柄な教師に声をかけると、ペロペロキャンディーを咥えたまま先生は俺を見上げた。


「君にこの授業は必要ない」

心にグサッと響く言葉の釘。

「勘違いしないでほしいのはモモをこんな目にあわせたからじゃないってこと。召喚獣は所詮魔物。人間の言葉を理解することなんてできない。それができるやつは魔物のなかでも偉く、長い間人間と関わり続けた一説では神と呼ばれるような奴らなんだ。君は彼らと何らかの縁があるんだろう。この授業レベルじゃあ会うどころか従えることもできないよ」


俺とあの魔物の縁、そんなの前世にあるに決まっている。

あいつは魂を喰らうと言っていたし、俺の魂まで見ることができるんだろうか。それで前世の俺と同一人物だと判断したのか?前世に関わることを聞いてみたいが、あの他を圧倒する不快感をもう一度経験したいと思うことはできない。


「限られた時間をいかに有意義に使うか。これは魔法使い一般人関係なく、夢を叶える分岐点だよ」

「すいませんでした」


俺は頭を下げ、重い気持ちでホールをでていく。

廊下にある無数の鍵穴までさえこちらを見つめている気がする。いや、最早見透かされている気がした。

この力は隠し通せるものではない。



横になって全て考えることを投げ出して眠りにつきたかった。

しかし部屋がパンプキンと同じということもあり、いつ彼女が戻ってくるかもわからない中休むことはできなかった。

俺はなんとなく羊の書をとりページをめくる。

白紙、白紙白紙白紙。


「俺の人生をなかったみたいにするなよ、くそ!」


思いきり投げ出したはずなのに地面につくことなく光の泡となって消えてしまう。

やりきれない思いを誰にぶつければいいのか。俺は一人だ。これからもずっと、この孤独を背負っていかなければならない。自分という存在の価値もわからずに。


特待生の服を脱ぎ、池の中へ放り投げる。餌と勘違いした魚が吸い込み始めた。そのまま全て食べてしまってくれ。俺は何も魔法など使えないただの人間なんだから。

インナー姿で走る中庭。腕の刻印が嫌でも目に入る。"リア"でないことの象徴に感じられた。特待生に相応しい姿ってなんだ?誰もが平等な世界ってなんだ。


モモンガの腕が消された時の皆の表情と悲鳴と、その後の視線を見たら…

もう…


校舎のベランダから得意の登りを使って、誰もいないガラス屋根に到着する。

太陽がもうすぐ夕日に変わろうとしていた。


「にゃあ」


高い声が聞こえて振り返る。日の反対に伸びる俺の影から現れる黒い猫。パンプキンの召喚獣シャドラだ。

「私、嫌われ者だった」

シャドラがじっと俺を見つめているが、この声は猫のものではない。

「ハロウィンモールのコンセプトぴったりのお友達なのに、悪魔の手先を宿しているって言われ続けた。あの町にとってハロウィンは商売道具で、結局誰も好きじゃないしありがたみも感じてない」

周囲を見渡してみるが誰かがいる気配もない。


「呪われるっていわれて、誰も話してくれないし…遊んでもくれなかった。私ね、パンプキンジュース誰かと飲んだの初めてだったの」

声が涙ぐんでいく。嗚咽が混ざり始めた。


「私は私を認めると思ってここに来た。ここで生まれ変わろうと思って。どんな力も正しく使えば悪だなんて言われないはずだよ。リア、私…リアを怖がったりしないから」


俺のことを何もしらないはずのパンプキン。何も根拠なく味方だというんだろうか。


「なんでそんなこと突然言うんだよ」

「私は、私が欲しかった言葉を言ってるの。1人じゃないよ…って」


シャドラは飽きてきたのか横になって眠り始める。姿が影と一体化していく。

「影はどこにでも繋がるからね、リア」


シャドラが消え、再び静寂が辺りを包む。

沈んだ心を掬うものはいつだって誰かとの出会い。

救ったつもりなんてなかったが、パンプキンにとって俺と初めての夜は特別だったんだ。

最初邪険に扱ったことを申し訳なく感じる。人付き合いには様々な背景があることを今後は知っておかなければならない。…ああ、そうか。

しゃがみこんでいた膝の上に羊の書が現れるて認識する。これが、俺の背景か。

理解を示してくれる者、拒絶する者…どちらもいて当然なんだ。

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