第21話 認められない者たち

「解!」


博士が指鳴らしをすると呪縛が解け、苦しくなった息をようやく整えることができる。この痛みはよく覚えておかなくてはならない。


「ルーク博士、魔法を解くには早いんじゃないですか?」

「彼は今私と授業をしていたところです。今回のことは敷地外が近いことを伝えなかった私の責任です」

「あなたの目を掻い潜ろうとしたのでは?」

「すいません、俺のせいで」


謝罪した俺の様子を見てルーク先生は細い眼鏡をあげる。

「ヒイロ先生こそまるで脱走者がでないか見張っていたようじゃないですか。なぜ養護教諭の先生がこちらに剣を持ってきているんです?」

「おや、もしや私が転移魔法を使えることを御存じない?刻印の発動を感じとり飛んできたまでです」


睨み合う2人の間は居心地が悪い。まだ痺れは残っているが博士がすぐに来てくれたおかげで影響が少なく済んだようだ。俺がフラリと立ち上がると博士はすぐに肩を抱き寄せ、支えてくれる。

「行こうリアくん。説明責任を怠った私が悪かった」

「役目くらいちゃんと果たしてくださいね。あなたも教員ならば。さて、無罪というなら送ろう特待生。持たざる者の手を借りるより早く着く」

嫌味を口にして口角をあげるヒイロ先生に嫌悪感を覚える。運ばれた時といい優しくしてくれた人物が、実はこんな人だとは思わなかった。

「いや、結構です」


ヒイロ先生に疑心を抱いた俺はすぐに誘いを断る。では気をつけるようにという忠告をし彼は転移魔法で消えていった。

しばらく沈黙の中を歩き、俺は気になることを確認するため口を開く。


「あの…」

「いやあ、ごめんね。満足に守ることもできなくて」


博士は俺の言葉を遮ったかと思うと短いため息をつく。

「彼の言う通り、僕は魔法使いではないんだ」

「俺の呪縛を解いてくれたのに?」

「あれはこの指輪の力さ」


博士は右手の中指を見せる。赤く輝く装飾も何もない指輪だ。

「ここの教師は学長の恩恵を受ける。従者のように刻印を解かれるだけでなく、刻印の発動を抑えることができるようになるんだ。学長の魔力であって、僕の力じゃない。あ、それとあの黄色い花を取ろうとしたんだろう?あれはいい花だよ!教室にもあるからそれを使おう!」


わざと話をそらしたんだろうか?その後もなぜか俺の顔は見ない。

かさッ…かさッ…と葉が潰される音だけが響く。

5歩ほどしかいないのに、その沈黙はやけに長く感じられた。落ち葉のように小さな声が発せられる。


「君が、まだ僕の授業を受けてくれるなら…」


俺は博士の顔を見上げる。こんな時に光が反射して彼の目が見えない。

一体何度、似たような経験をしたのだろう。俺の言葉を遮ったのは続きを聞くのが怖かったからだろうか。森を抜け、俺も口を開く。

「スネークアイって種の部分を使うんですか?」

こちらを見る表情には喜びだけでなく、わずかに悲しみが混ざっていた。

魔法使いじゃないからという理由で生徒に彼を慕う者がいないのか?魔法使いじゃないから本館で授業をさせてもらえないのか?魔法が使えないってそんなに違うことなのか?


「俺のせいで嫌な思いをさせてしまってすいませんでした。これからも色々教えてください」


博士の顔から悲しみが消え、目に光が灯る。嬉しそうな満面の笑み。

「勿論さ!!」


魔法使いを恐れた一般人が国王に頼り、国王は何らかの特権を行使することで偉大な魔導士たちを仲間に引き入れた。彼らからすれば恐れる必要もない程度の魔法使いは47番目の魔導士が決めた制度により自由を制限され、学校で過ごすことになる。傍から見れば一般人が手に入れた安息だが、根本は力を持った魔導士が権力を持つまま変わらない…この学校も世界の縮図になっているわけだ。

魔法を使えない、力を持たざる者は卑下され続けている。


できることが違うのに。

異なる優れた部分があるのに。認めることができないのはなぜだろう。

魔法と回復薬、これらを掛け合わせて初めて完璧な治療法になるのではないだろうか。


俺は初めて自分の可能性を見た。

俺なら変えられるんじゃないのか?この世界の常識を、誰もが手を取り合う世界へと。

前世で得た魔法と今生で得る製作術を使えば新たな価値観を生み出せる。本来なら誰も卑下される必要なんてないんだ。


「博士、俺地下層から来たんです」

「地下層から?引き抜かれたのかい?」

「いや、友達と好奇心で扉をくぐりました。ここにくるまで魔法を使えるなんて知らなかったし魔法使いの存在も知らなかったです」


俺の話も驚いているのか博士は唖然としている。これまで何人に地下層と馬鹿にされただろう。俺はあなたは違うと信じたい。教室にもどった俺たちは机に道具を揃えながらも話し続けた。

「生まれで生き方が決まる世界なんて、間違ってますよ」


あの扉をくぐらなければ一生俺は地下で過ごしていただろうか。やけに孤児が多かったことも覚えている。俺たちは権力がある誰かによって地下層に送り込まれたのかもしれない。誰かが他人の人生を決めている可能性がある。少なくとも、47番目によって魔法使いかそうでないかで生きいる世界は決められている。

俺たちは平等であるべきだ。

等しくチャンスが与えられるべきだ。


「僕もそう思うよ」


俺の心は決まった。こお博士についていこう。この人からもらえる知識は全てもらい、魔法の知識はフィオと授業で補おう。


処刑される前と同じ希望を持ち、同じ挑戦をしようとしているなどこの時は知る由もなかった。

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