第20話 呪縛の経験

この魔導書は前世で使用していたものと同じだ。

俺の物語を未だ書き続けている。しかしこれが最後のページということは"リア"の物語はどこに書かれるんだ?ページを遡りもう一度可燃性泡の失敗作と書かれたページを見る。もしこれも前世の知識だとしたら全く同じ失敗をしたということだろうか。そんなことありえない。


それにしても空白ばかりで、過去に繋がるヒントにはならないが知識書としてはこれ以上ないほど力になりそうだ。加えて念じれば出てくるというのだから俺にとっては最強の武器だな。


「博士は元々教壇にあった薬品で何を作ろうとしていたんですか?」


生徒による魔法で元通りになった教室には俺が使う前の青とピンクの液体に加え、緑とオレンジの液体がある。

「ああ、これで身体能力強化薬を作りたいと思ってね」

「そんなことできるんですか?」

「できるとも!化学に不可能はない。実現させる方法を僕たちが見つけられないだけさ」


博士について教壇に立つ。

「薬は机で暗記するより実際に作ってみる方がずっと難しい。理論的には正しくても成功しないことだってある。だから僕の授業で座学は行わない。一緒に作ろう。劇薬になりそうだったら止めるからさ」

「はい!」


これはいい先生に恵まれたと思う。

博士はまず回復薬を作ることを目標にしようと教えてくれた。魔法の回復と薬での回復は根本が異なっているらしい。魔法は傷の治癒のみ行うことができ、薬は傷の治癒こそできないものの、自然治癒力を向上させ体に力を与える。だるさや疲れといった魔法ではどうすることもできない体調不良を治すことができるらしい。


使用する材料は 百草の花びら、スネークアイ、蒸留水 集めやすく、初めての実験には最適だという。世界中に生えていて最も作りやすいが効果もその分低いようだ。


「材料を揃えて30分以内に戻ってきてくれるかい?図鑑は全て物置にある」


指されたのは鎌取りの木…俺が間違えて蜜をとった木がある部屋だ。

植物の名を聞いても一切ピンとこない俺はまず図鑑を見つけ出すことにした。植物大全に使える動物の部位書物、実験道具の使い方なんて本もある。スネークアイって本当に蛇の目を使うんだろうか…飛魚の舌を使ったしありえなくはない。


植物大全を手に取り開いてみたが目次を見ても百草は見つからない。

別称があるのか?汚い部屋を使いやすくするためには今度掃除をする必要がありそうだ。今はそんな時間もないしと頭を抱えていると積み重なった本の一番下に はじめての調薬 というタイトルを見つける。


博士にとってこんな本は必要ないんだろうが、俺にとってはかなり有効な情報が書いてあるはずだ。本をすべてどかし、中を開くと基本薬剤と記された中に百草と書いてある。

百草は雑草のことをいうらしい。つまり、百草の花びらと書いてある場合どんな草の花でも良いということだそうだ。同じように気をつけるべき名称にスネークアイが載っている。


色鉛筆で描かれたスネークアイは赤い小さな木の実だった。熟すと真ん中から割れ、黒い種が顔を出すという。それが赤い蛇の目に見えるため、虫や鳥が近づかないそうだ。

基本準備に蒸留水の作り方もあるな。この課題の為にあるような本だ。俺の実力にも丁度いい。


書物を机に置き、教室をでた。博士は歌いながら何かを作っている。


追いコン時生徒による大量の魔法で壊滅状況にあった校庭は緑が蘇り、鳥の囀りが聞こえるようになっている。なんて現実離れした力なんだろう。魔法が使えない者はさぞこの力を羨ましがり、嫉妬し、恐れを抱くだろうな…腕を捲らずとも顔を覗かせる刻印。反乱が起きないのが不思議だ。


爽やかな風を感じながら裏の茂みに足を進める。

なんの花の香りかわからないがいい匂いだ。折角だから百草の花びらも大きくて綺麗なものがいいな。

小さな花は頻繁に見かけるが納得いく花は見当たらない。時間がなければ適当に取っていくがまだ余裕がある。


スネークアイを見つけたら取りつつ、奥へ奥へと進んだ。

そして1mほどの高さしかないにも関わらず拳ほど大きい黄色い花を大量につけた木を見つける。これにしようと手を伸ばした時だった。


「い…っ!!」

バチッと感電したような強烈な痛みに体が硬直する。そして体中が蛇に締め付けられるような圧力を感じ動けなくなった。息をするにも苦しくなり膝をつく。なんだ…これ。

地面に手をつき落ち着かせるように深呼吸をした。体が熱をもったようだ。暑い。


そして草木が揺れた音がしたと思うと背後に人の気配、首元に剣先、そして強烈な殺気を感じた。


「どうしてここいる?」


この声は聴いたことがある。ゆっくりと振り返り肩越しに見た人物は俺が初めてこの学校で会った人。

「ヒイロ先生?」

あの時とはまるで別人だ。優し気な笑顔もなく、冷酷な瞳が見下ろしている。

「逃げようとしたのか?」

なんのことだと思ったが、そう言われて気が付いた。体を締め付ける感覚は刻印がある場所からきている。


『47番目の魔導士により全ての魔法使いは管理される為の呪縛を受けることが義務となっている』

『この刻印は入学と同時に施され、敷地外に出ようとする者に激痛を与える』

というセリフを思い出した。元々別館は本館からかなり離れている。更に遠くに行こうとしたことで魔法が発動したのか。しかし、

「う…」

呻かずにはいられない。一度経験したら二度と味わいたくないと思うほどの痛みだ。


「この学校にそんなにいたくないというのなら」

「リアくん!?」


何かを言いかけたヒイロ先生の言葉を遮って博士がやってくる。

その刹那殺気を消し優しい表情に戻ったのを俺は見逃さなかった。良い人だと思っていたがそうでもなさそうだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る