第19話 導となるもの

記憶が人格をつくるというのなら、記憶が変われば人格も変わってしまうのだろうか。


「未来も見えたらいいのに」

按邪は目を覚ましたベットの上で1人呟く。王室のようにベッドカーテンがつけられており、外から差す柔らかな光が彼を包んでいた。按邪は頭上に手を伸ばして小さな箱を開ける。オルゴールだ。錆びているためところどころ音が切れながらも再生される。


「按邪、目を覚ましたか?」

「はいはーいどうぞ先生」

按邪がカーテンを開くと同時に扉が開き、学長ロンギヌスがやってくる。

「私も入れない魔法を使ってどこに行っていた?」

「魔王候補生に会ってきたよ」

「どうだった」

「何にも変わってないね。しかも薬学の授業取ってたよ。まだ魔法が使いこなす気も自信もないみたいだ」


わかりにくい嘘のつき方は、事実の中に嘘を混ぜること。ロンギヌスは按邪のテーブルに置かれていたリアの情報を眺めた。

「少ないな」

「国も地下層の連中に注目なんてしてないからね。真実を知るにはまだまだ時間がかかりそうだ」

ロンギヌスはため息をついて按邪のペット、ピンク色の小鳥を眺める。卵があるというのに巣で動き回っていた。


「こうしている間にも、本物の転生者が生まれている可能性があるというのか」

揺らぐ卵が地に落ちる。この卵も温めれば新しい命が生まれたのだろうが、加護である殻を失い、中身は外気に晒された。この卵が鳥になることはない。このまま放置すれば腐り、悪臭を放つようになる。そして虫が寄ってくる。

「正しい環境で命を得れば死なずに済むというのに」

ロンギヌスは魔法を唱えて害の元となる卵を燃やす。

「まるで他人事みたいに言うなー」


按邪は立ち上がるとフードを脱ぎ、黒いショートヘアをかきあげた。

「環境を作ったのは僕らだろう」

鳥は炎が傍にあるというのにいつも通り餌を啄んでいる。



「それでこれが炎葉の蔓だと思って」

「うんうんあってるあってる」

「熱かったから冷まそうと水を出したら真っ黒で」

「あー!そうなんだよー!これ、牛熊の糞を溶かした農薬なんだー!」

「え・・・?」


薬学に参加するのはどうやら俺だけらしく、今は博士と2人の教室で従者と戦った時に使用した薬の復習をしていた。この話を始めるまで万年欠講になっていた話を聞いていたので理科室の汚さにも納得がいく。


「牛熊の糞には強烈な菌がいてね、植物をなぜか全て駄目にしてしまう。しかし、この菌には植物に宿る性質、エネルギーをため込むという特徴があるんだよ。だから本来熱をもって焦げ付かせる泡ができるはずだったのに、全く熱くないただの泡ができてしまったんだ」


久々の生徒で博士は余程嬉しいらしい。

束ねられた黄緑の長い髪が尻尾のように動いて見える。白衣ならぬ青い服で存在自体が眩しかった。


「それに君が笑い樹木の蜜だと思ったものは鎌取りの木と言って死神が鎌の柄を作る時に使う木と言われている。マズすぎて蜜が出ても虫すら寄り付かない。しかもこの蜜の特徴は実験に使うと全て失敗になると言われていることだね」


がっくりと落とした肩を笑いながら元気に叩かれるが全く元気はでない。

「安心しなよ!君に知識もセンスもないことがよくわかってよかった!」

「それ励ましてます?」

「はじめから失敗でよかったよ。実験は成功しないから続けるんだから。失敗しても役に立ってよかったねー」


複雑な気持ちだ。俺はこんな能天気に実験を続けられるだろうか。

「折角だから僕の本をみせてあげよう。読めないだろうけど」


そう告げると先生は手を広げ、分厚い本を出す。表紙に描かれたシマウマの紋章。もしかしてこれは1人1人に与えられる書物?どこからでてきたんだ?


「ん?何を驚いているんだい?この厚さかい?」

「その本、どこから取り出したんですか?」

「え、これは魔導書だからいつでもどこでも君が念じれば出すことができるよ」


半信半疑で出ろーと念じてみる。

「君の紋章を思い浮かべて」

羊の紋章…

するとまるでそこに当然あったかのように白銀の書物が現れた。

「おおー真っ白で綺麗だね」

どうやら本人以外には輝いてみえないらしい。それにしても、俺と博士とでは厚さが全く違う。2倍くらいあるんじゃないのか?


「ふふん。すごいだろ、これが僕の人生さ。ここには僕が生み出した魔法薬の数々が描かれている」


持ち主の人生が描かれると言われていたが、習得した知識も描かれるのか。なら、と俺はページをめくってみる。以前博士だったところに焦げ跡のような文字がしっかりと刻まれていた。


書いてある。

俺がここにきてから唱えた魔法が全て!なぜだ…?正直、詠唱を覚えていないものもあるから習得したわけではない。あ、可燃性泡の失敗作という名前と共にそれぞれの材料名と使った分量まで書かれている。

なんだこれは本当に。


「人生って年表じゃないだろう?知識や感情、出来事全てが積み重なっている。だから人生を示す魔導書には僕らに関係するすべてのことが載っているんだよ」


全てのこと、と聞き俺は自分の疑問を解決するためにページをめくってみる。

一番最後のページにその文言はあった。


ロンギヌス・エンプサの炎に焼かれ処刑される。

≪死にゆく者に最後の希望を。主よ、奇跡の限りを尽くして嘆願する≫リバイブ

 ≪我生命を賭して時駆ける≫ファスト

を唱え加護を捨てて転生する。

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