第18話 孤影
「ノートの友達?」
「そうさー」
絶対嘘だ。「絶対嘘だ」
気持ちと声が一緒に出てしまう。
「なんで嘘をつく必要があるんだい?」
「逆になんでそんなこと話すために来たんだよ。従者って忙しいんだろ?」
按邪は俺を下から覗き見るように上目使いでそんなことないんだなーと軽く答える。
「僕たちは仕事を選ぶことができる。学長の付き人が役割であって、駒ではないんだ」
按邪は水晶をころころ腕で転がし、時にサッカーボールのように蹴って遊び始める。俺はチラリと庭園にある時計に目を向けた。もうすぐ授業が始まってしまう。
「時間を気にして生きたことなんてなかっただろう。地下には時間という感覚がない。眠くなったら寝る、おなかが空いたら食べる、後は自由。上下の極みにいる人はみんな、人間が決めた時間っていう感覚に囚われないんだ」
言われてみればそうだ。俺は気の向くままに生きてきたのに、こんなに僅かな時間でもう時の制限を気にしている。まるで別世界に来たというのに何年も住んでいたように違和感なく適応していた。
「君はね、もう前世の自分に食べられ始めているんだよ」
…きっと、聞き間違いだ。
そうに決まっている。
「僕は君の正体に気が付いているぞ」
按邪のふざけたあどけなさは消え、常に上がっていた口角も下がっていた。水晶が目のように俺を見つめる。マスクをする按邪の代わりと言わんばかりにじっと。
口が震えた。
俺が、俺が魔王だとバレたら殺されるのか…?またあの業火に焼かれて。
前世が魔王だったというだけで、俺には何のかかわりもないのに。いや、関わっているんじゃないのか?
按邪は俺が食べられはじめていると言ったのは、俺が無自覚に前世の頃していた生活に違和感なく適応していたからなのか?
俺が、俺でなくなってきている…?
按邪はじっと見定めるようにこちらを見続けている。もうこうなったら腹をくくるか。いや、自ら死に急ぐ必要はない。隠し通すことができれば
「君に見せた万華鏡は僕の弱点を写す魔法。僕は弱点を明らかにする代わりに君が最も恐れた記憶を見た。そう、あの炎を払った時に確信し、万華鏡で確証を得た。隠そうなんて思わない方がいい」
ズルい。あの森が弱点だというのか。豊かな森が。
もうここまで来たらきちんと説明するしかないようだ。俺はゆっくりと深呼吸をして按邪に向き合った。
「いいねえ。あいつの目そっくりだ」
「…記憶がほとんどない」
「ん?」
正面から向き合った俺にやっと笑った按邪だが、再び表情が固まる。
「覚えているのは殺された瞬間と、自分が大量の魔法を使えたことだけだ」
按邪は沈黙している。なぜかショックを受けているようだ。
「3番目が言っていたことと違うぞ。それとも、魔法が完璧に発動しなかったのか?」
ゴーンと重い鐘の音が響き、続けて2度目も鳴った。本当に授業が始まってしまった。按邪はしくったな…といいながら踵を返す。俺を捕まえないのか…?というか3番目って3番目の魔導士のことか?嘘だろ。書庫で初めて29番目の魔導士アンドニウスに会って驚いたんだぞ。3番目なんて生きているはずがない。
「…木の枝のように人生は分岐と選択の連続だ。僕は今、選択を誤った。けれど過去には戻れない…この失態、取り戻しようがないな。でも、そうだなぁ」
顔だけこちらにむけられても仮面しかみることができない。彼の素顔までは明らかにならず、按邪が何を考えているのかわからない。
「僕が…ノートのフルネームを知っていたってこと覚えておいてね」
立ち去る彼に声をかけた方がいいかと手を伸ばしかけたところで空間に亀裂が入る。
鏡が割れたように再度俺を写すとヒビが入ったところから崩れ落ち始めた。崩れ落ちる前の世界にはまだ按邪の姿があるのに、崩れたスペースからは按邪の姿が見えない。
まさか、始めから空間魔法をかけていたのか?
1つ1つの空間を魔法により孤立させると孤立させた空間同士で触れ合うことができるという論文を1度だけ見たことがあった。あれはリバイブ並みに珍しく夢のような仮説と高度で何十もの魔法の組み合わせでできていたはずだ。
あ…。俺はあることに気が付き、伸ばした手を図書室へ続く扉につける。
愕然とした。
まただ。また、あたかも"リア"が見たように考えている。あの文献を読んだのも俺じゃない。リバイブという魔法を使って俺は蘇ったのか、そうか…
扉に付けた拳に額をくっつける。
思い出した感覚はない。浸食されているんだ…"リア"が前世に。
このまま俺は別人のように変わっていくんだろうか。俺が俺でなくなっていく。
地下層の汚い街並み。汚れた石ででき、蹴飛ばしたら砂埃が舞う。仲間たちと何度も駆け回り、大人相手に泥棒をした。彼らの顔も光の渦に飲み込まれていく。
羊の書…俺の物語を示す書物はまさに今の状態を言っているのか?
どれだけ足掻こうと魔王だった前世を変えることはできない。俺のせいで何人も苦しみを味わっている。
こんなに人はいるのに、誰にも話せず相談することもできない。
自分を助けることができるのは自分だけだ。そんなこともわかっているのに、俺という存在さえも食われてしまうかもしれない。感じることはただ1つ…
寂しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます