第17話 無自覚の浸食

「まあ、今日はお前たちにとってもいい日になっただろう」


風がやむと水兎が地面に落ちる。

「これが実力差だ」

何事もなかったように水兎はまた跳ねた。風魔法など全く効いていない。挑んできた男もさほどショックを受けていないようだ。こんなもんかと息を吐く。


「魔法は掛け合わせるほど巨大な力をもつ。魔法使いの主流は属性魔法、感化魔法、変異魔法だ。生まれた時に使えるかが決まる創作魔法とほぼ全ての術が上級魔法の次元魔法を使える者に出会ったら仲良くしておけ。ちなみに…」


鉄仮面は水兎に向けて手を伸ばす。

「≪我が魔力を糧に彼の敵を滅ぼせ≫魔喰」


普通の手だったはずだが、詠唱が終わった途端皮膚が黒く腫れあがり、巨大な鳥の足のように凶暴で鋭い爪と変異する。その手で水兎を握りつぶすと掴まれた水は彼の腕に染みこみ、あふれた水は床に飛び散る。手が水を食べていた。その表現がきっと正しい。


「ここの教員は皆魔法を撃ち消す呪文を知っている。私が扱う変異魔法と次元魔法の組み合わせでは効果が少ないが、感化魔法と次元魔法を組み合わせれば相手の魔法を封じることも可能だ」


なるほど。

となると、刻印を解くのは不可能ではない。今水兎を食えたのは、俺があそこに置き去りにした魔力よりも鉄仮面が直接触れた魔力の方が強かったからだ。学長の刻印よりも強い解呪の魔力を流すことができれば刻印は消え、自由の身となることができる。


学長よりも強い魔力を持つ者か…たしかにこの学内にはいないだろうな。

魔導士を以て魔導士を討つ。ははーんなるほど。見えてきたぞ。魔導士だけで暴走すれば確実に国は亡びる。だから魔導士だけ得ることができるなんらかの特権を国が提示して仲間に引き入れ対抗策としているのか。そして、優秀な芽は早くに国側へと引き入れるための魔法使い専用義務教育機関を設けていると。


従者の話からどうして魔法使いの反乱が起きないのかと思っていたが、うまくできているようだな。

金の為に動く者も、大義の為に戦う者も一定数はいる。

きっと国内のどこかに反政府組織があるはずだ。魔法使いは一般市民に支配されているわけではない。

強者は今もこの国を支配している。


「明日生徒同士ランダムでペアを組んでもらう。1人1度ずつ魔法を唱え掛け合わせ…合体魔法を作ってみろ。実力差がいくらあろうが課題に失敗した者には罰を与える。では、解散」


鉄仮面が立ち去った後も教室は静かだった。それもそのはず。

事前に力の近いものでペアを組めばすぐに終わる課題だが、そうするためには己の実力を披露する必要があるからだ。となると、既に見本となった俺にこの探り合いの時間は必要ない。

席を立つと待って、と腕を引かれた。


「私と組んでほしい」


クキュネだ。席は随分離れていたというのに走ってきたのか?

しかも周囲にアピールするように大きな声で話しかけてきた。


「追いコンではリアの力を見誤った。今回は純粋な力比べ。やってくれるでしょう?」

「勿論」

俺は即答で答える。事実、彼女の魔法についても知っておきたい。今後のためにも…

クキュネは安心したように腕を離す。約束、と呟いた。


「次、私は変異魔法の選択」

「俺は薬剤」

「あんなもの…回復魔法で怪我は治るのに勿体ない」


この学校で薬や武器が全く役に立たない物と認識されているのがわかる。しかし、俺は反撃球により拳を鉄にする男に勝ち、何かわからない泡によりできた隙で従者にも勝った。

魔法だけで戦う者達にとって薬という液体は不確定要素になり得るのではないかと思う。それに魔法は唱えれば使えるが製薬はそういうわけにはいかないことが従者戦で証明されている。

"リア"の得意分野は魔法ではなく道具にあるべきだ。


憧れではない視線を浴びせられながら教室を後にする。

地図によると…あ、ここ俺と従者が戦った理科室だ。別館なら図書室を経由して行くのが楽だろう。

この地図がなければ確実に迷子になると言えるほど校内は広い。

2つ角を曲がったところで庭園に出た。バラの回廊を歩き、溶けぬ氷でできた噴水を横目に進む。やがて、すっきりとした良いにおいがする草でできた1人用のブランコを見つける。向かいにあるラベンダーのトンネルに図書室へ続く扉がある。


動くブランコから誰かの足が見える。

「やあ、元気かい?」

頭上に水晶玉を乗せたまま器用に漕いでいる従者。そういえば、彼が身に着けている従者の服は他の物に比べ質がいい。キラキラと輝く宝石がついたマスク、真っ白な生地ではなくほんのわずかに紫が染まっている。裾も広がっていて、青い紋章模様の一部に水晶のの飾りがつけられていた。


「前回名前を名乗っていなかったと思ってね。僕は按邪」

ブランコが動く幅の頂点にたどり着いたところで飛び降り、俺の前に参上する。


「あ、こういう言い方をすると君を待っていたのがバレちゃうか」

「この前はありがとうございました」

「君のこと少し調べさせてもらったよ。地下層出身なんだってね。僕あそこに友達がいるんだ」


え、友達?

俺より背が小さい按邪と同い年の子はほとんど皆孤児院に入っていたはずだ。狭い世界で生きているから彼と知り合うきっかけなんてないはず…


「ノート・レイ・ポナードっていうんだけど」

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