第15話 大切なもの

「偉大な魔導士になりたければ、装具の所有は必須ね。あなたにとって特別なものは何?」


そういわれても…俺は何も持っていない。昔から持っていた物なんてないし、球体はただの武器だから思い入れもない。悩んでいる俺の横でクキュネがレイピアを抜いた。


「私がこれを握ったのは8つの時。毎日共に過ごし、これ1つで道を切り開いてきた」

お前、かっこいい顔してるけど涎ついてるぞ…

「装具は己の半身。突然できるものじゃない。リアは装具なしで十分魔法が使えるんだから必要ないんじゃない?」

「え、そうなの?じゃあ得意魔法は?」

「氷と風」

「あんたに聞いてない!」


ここにいるのが恥ずかしくなるほど俺は魔法について何も知らないと痛感する。

皆最初はできないとは言うけれどいざ本当に無力さを実感するとやりきれない気持ちになる。


「ちょっと、これじゃあ授業についていけないかもね」

「え」

「何度でも言うけど、ここはエリートしか入れない魔法学校。本来リアのようなレベルは扉をノックする資格もないわ。でも、それでもきた。学長にも選ばれたってことは逸材なんでしょうね」


フィオはもう一度手を伸ばす。今度は枯れ枝でできた猫が本を咥えてやってきた。1匹、2匹、3匹4匹5匹もくる。

猫だらけだ。


「魔法は5大元素を操る属性魔法、物質を構成する質そのものを作り変える変異魔法、他に影響を及ぼす感化魔法、生まれながらに持つ創作魔法、そして人智を越えた超越魔法が多く属する次元魔法の5つに分かれるわ。リアはさっきどんな魔法も使える魔法使いになりたいと言ったけれどそれは無理。創作魔法を使う多くは属性魔法が使えないし、得意不得意はやっぱりある。この世界は完璧な1人なんていないものよ」

「クキュネは属性魔法しか使わないのか?」

「感化魔法も使えるけど変異魔法は苦手」

「強くなるには自分の得意分野を徹底的に伸ばすこと。そのためにまず、リアは得意を知った方がいい。ってことではいこの猫ちゃん」


猫から本を受け取っては俺に渡してくる。初心に帰りたいあなた!へシリーズと書いてある。


「どうせまだ寝室にも行ってないんでしょ?早くいかないと門限過ぎちゃうから今日はここまでにしましょう。あと、私もいつもここにいるわけじゃないから。そうねぇ、1週間後に会いましょう。会えなかったら任務だと思って」


伸ばした腕から顎まで隙間がないほど本が積み重なる。これを1週間で読むのか。


「偉大になる人は他人に無理だと思われることをやってみせるものよ。リア、私に夢をみせて」



俺は寝室で静かに本を読むつもりだった。無理と言われることもやってやる。事実、もし地下層の俺がこの学校に入りたいと言っても皆が鼻で笑うだろう。しかし、俺は今この学校の制服を身に着けている。

無理って決めるのはいつだって自分だ。


「ねーえ!あんた特待生だったんだねーやるジャーン!」


猫耳のフードが見えた時、まさかと思った。しかし俺は男、あの上級生3人の壁をくぐり抜けた人は女。男女同室なんて誰が想像したよ。孤児院でさえ部屋は分かれてたぞ!


「ねーなんでそんな本読んでるのー?ねーねーねこねこ好きー??」


うるさい…っ。この猫娘ずっと声かけてくる…っ。こいつとこれからずっと同じ部屋なのか?

やりきれない思いで唇を紡ぐ。悪い奴じゃないことはわかっているんだが、寝室で落ち着くことができないのは苦しい。しかも今後何があるかわからない。物思いにふけたい夜もでてくるだろう。


「私パンプキンっていうのーハロウィンモールから来たパンプキン!」


覚えやすい、なんでお前が一番覚えやすい名前なんだよ。

俺は一息ついて本を閉じた。このままでも集中できないし、同部屋なら仲良くしておいた方がいい。


「リアだ。使える魔法を増やそうと思って本読んでる」

「そんなの経験値貯めればいいでしょ!私とあそぼー」


誘惑だ。完全に誘惑されている。俺だって本音を言えばこんな豪華なベットで寝るの初めてだから飛び跳ねてみたいし、食堂のごはん吐いてもいいから食いたい。だって俺まだ子供だし!

でも前世のおっさんな自分もいるわけで、そんなことするのが少し恥ずかしい。どこか客観的に自分を見てします。


「んーじゃあわかった!ハロウィンモールのジュースあるから一緒に飲もう!」

「ジュース?」


そう言っている間にパンプキンは自身の鞄を漁り、中からオレンジ色の瓶を取り出す。

「カボチャの甘味たっぷり、種まで徹底的にすり潰したからサラサラしすぎず飲みやすい!これ1杯で秋を感じちゃうスペシャルドリンク!はいどーぞ」


透明なカップ越しに見る少し泡だったジュースは本当に美味しそうで、俺は若干の緊張を含めながら口にしてみた。ほっこりとする。なぜか気持ちが優しくなる。これが秋の味?


「美味しいでしょ?」


にっこりと微笑むパンプキンにも愛着を感じる。自分のことばかり考えて邪険に扱っていたのが申し訳なくなった。俺は残ったジュースを一気に飲み干す。

「美味しい」


パンプキンはより嬉しそうに笑った。

「このジュースは人々を笑顔にする魔法薬なのだ―!」


そう言われここにきて初めて笑ったことに気が付く。

ああ…俺に必要なのは1人で考える場所じゃなくて、"リア"の感覚だけで笑顔になれる場所なのかもしれない。ありがとうと、呟いていた。

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