第12話 選んだ道

「まあ簡単に言うと選択肢は2つ」


按邪は幼げに顔の横でピースを作った。

「特待生になって制限を受けながらもある程度の自由の中エンジョイ学生ライフを送るか従者になるか、だ」

「47番目の魔導士により全ての魔法使いは管理される為の呪縛を受けることが義務となっている。しかし、魔導士の従者になる者には免除される」

「加えて僕たちから直接指導も受けられるってわけー名案だろ?」


無意識に不要なはずなのに、全て裏の意味を考えてしまう。

もしこいつらが俺が転生者だと気が付いていたら?俺を試しているんじゃないのか?

刻印されれば一生この学校に縛られるかもしれない。だが、魔導士である学長を常に欺いて生活し続けるなんてことができるのか?所詮子供の脳でしかない。


「迷っているのかい?なら」

「いや、俺は従者にはなれません」


おっと、と按邪はつぶやいた後に口角を上げて理由を聞いてくる。つかめない従者だと思った。


「俺は魔法が何かも知らないし、使えたのもただの偶然かもしれないからです。地下層出身なのでここのことすら何も知らない。俺には知らないことが多すぎるのに、そんな皆が憧れるような職にはつけません」

「真っ当ー。なかなか冷静じゃないか」


按邪は楽し気に両手を挙げて近くのソファに腰を下ろした。


「始めは誰しも無知から始まる。これはチャンスだが、いいのか?」

いい。心の中では即答していた。従者の選択はリスクが高すぎる。だが魔王だった前世とリアの人生を分けて考えれば従者になった方がメリットだらけだ。入ってくる情報も魔法の特訓も質からしてまるで違うだろう。


「…特待生ですら俺にとっては偉業ですよ」

「わかった」

「はい、せーんせ」


按邪がランタンを手渡す。炎が灯った。

「ならばここで刻印の儀を行う」


学長に握られた腕を、俺は反射的に弾いてしまった。

ロンギヌスもだが、誰より俺自身が驚いている。だって、まさか前世で捕まった時の記憶がフラッシュバックするとは思わなかったから…按邪でさえ口を丸くさせた。


「紅茶の準備ができましたよーって、あれ?」


凍った空気を壊してやってきたヒイロ先生に救われる。

「え、あ、すいません、俺…なんで今こんな」

まるで初めて父上様に怒られた時のように混乱し、怯えていた。手が…いや体が震えている。

「炎が怖いかい?」

按邪が優しく微笑みながら歩み寄ってくる。ベットの上に水晶玉を置かれた。


「君のような子は珍しくない。誰しもトラウマがある。辛い気持ちを経験しなければ強くはなれない。だけど今恐怖を克服する必要はない。手助けをしてあげよう。ほら、水晶玉を見て」


彼に従うまま、俺は水晶玉を見つめる。

「≪夢路に運ぶ褐色の獣よ、我が一部が眠る静寂の森を映し出せ≫万華鏡」


水晶玉からシャボン玉が現れ始める。やがて体が水に飛び込む音がして、俺の周りでは魚が泳ぎ始めた。その中を浮かびあがり、水の中から出る。俺がいたのは湖で、辺りには見たこともない生き物が彷徨っていた。

これは最上級の幻術。使える者は限られ、前世の俺には扱えなかった。こんな魔法を従者が使うなんてとレベルの高さに驚く。

『ここは世にも珍しい半色の折り鶴が生息する森』

術の中で按邪の声が響く。

景色だけが動いているのに、座りながら動いているような錯覚を覚えた。森の中ではピンク色の毛をした猫が群れで歩き、光る鱗粉を散らす蝶が舞う。身の丈ほど大きいキノコの群生地も見られた。


『この世界にいる生物の1割しか僕たちは確認していないと言われている。君が選んだ特待生の道はこんな森を探索し新たな生物を見つけたり、時に人々を傷つけて国を守ったりするのが仕事だ』

「何から守るんだ?」

『似ているのに理解しあうことができない…同じ人間からだね』


その声はどこか悲しそうに聞こえる。

『世界は美しいものだけじゃない。多分君は仕事で汚い部分をたくさん見ていく。もし嫌になったら僕のところにおいで。お気に入り万華鏡コレクションを見せてあげよう」


森の景色が倍速で逆戻りし、再度湖の中に戻る。水が引くとベットの上に戻っていた。学長のコップは空になっている。仮面のせいでわからないが按邪と目が合った気がした。


「僕の方が怖い炎より力になれる、忘れないで」


ぼそりと呟かれた言葉。立ち上がった学長の横に従者らしく寄り添う。

「励め、少年」

「バイバーイ」


扉を開けて礼をしたヒイロが心配そうにこちらを見る。

俺の体には右手から左腕まで刻印が施されていた。短い息を吐いて立ち上がる。漆黒の制服を手に取った。知ることがたくさんある。

前世の俺、魔法の仕組み、空白の19年について、そして魔導士の存在についても。処刑される前、俺はロンギヌスが次に生まれる47番目の魔導士になると思っていた。しかし現実は51番目。19年で4人も魔導士が選ばれることなどない。しかも、それほどの天才が俺が生きている間に全く話題にならなかったのも気になる。


「また1人、特待生が生まれたな」

ぼろ布を纏っていたため長袖やマントに違和感を覚える。長ズボンがシュッとする…

鏡がないから自分の姿を確認できないが似合わないに決まっている。


だが、今日からはこの服に相応しい男になろう。そして刻印を解く術を探しだし、外の世界へ行く。ノート…俺たちまた会おう。そしてお前がどこから来たのか教えてくれ。


「先生、ありがとうございました。これからよろしくお願いします」


父上様に唯一感謝できる場所が今できた。こういう礼儀にうるさい奴だったからな。

「また授業で会おう」

手を挙げたヒイロの下を後に、俺は図書館へ向かうことを決める。この学校に詳しい人にまずは話を聞くべきだ。


前へ進みだした者の背後で勢いよく閉まる扉。まるでヒイロとの壁を感じさせるように。彼はため息をつくと自室で学長が飲んだコップを粉々に砕いた。

「残念だ、また犠牲者が1人増えてしまった…」

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