第11話 友を想う①

ノートは今何をしているだろうか。


紅茶を飲みながら彼の声を思い出す。

「俺、二度とお前を殴らない。ごめんな」

ノートが涙ながらに話しかけて俺は初めて彼という存在を知った。また規律を乱したとして殴られ続け、今回は同じ孤児の子どもたちにも殴られた。そうだ、その中に一人パワフルな奴がいたな。


俺は他の人と比べても体が小さく、細く、力が弱かった。だから狙いやすかったんだと思う。

人間のごみ箱のような地下では満足にできることが何もない。ストレスがたまるばかり。捌け口にされるのはいつだって弱そうな奴だ。


「なんでそんなこと言うの?」

自力で環境を変える強さもなかった。仕方がないと、いつか報われると言い聞かせていた。

「だって…お前が痛そうにしたから」

こいつは強いから人を気遣えるんだ。見下された気がして苛立ちを覚える。俺は何も言わずに立ち去った。

嘘に決まっている。

俺は常に怒られないように行動した。何かを聞くと怒られるから新しいことをするのを辞めた。孤児院にいるときは決められたこと以外なにもしなかった。それが自分を守る唯一の方法で、精いっぱいの抵抗だったから。


しかし、どんなに間違いを自分が起こさなかったとしても他人のミスを防ぐことはできない。

一番幼い子がその日、大切な石像を祭っていた燭台を倒し一部欠損させてしまった。騒ぎに子供たちが皆集められる。


「あ…あ…ち、父上様、ごめんなさい」


己を父上様と呼ばせる醜い男は神父ではない。何に対しても執着しない神父に泊めてくれと言い、はいどうぞと了承されただけの存在だ。父上様はようやくでた餌に涎を垂らしながら近づいた。


「ああ、なんて悪い子だアリア。これはきつく叱らなくてはいけないな」


俺の様子をいつも見ている子供たちはこの言葉が何を意味するのかすぐに理解する。泣くのを必死に我慢する嗚咽が一層激しくなった。


「私もかわいい女の子を叩きたくはない。ほら、顔が命と言うしね」

「た、叩かないでくださ「本当にアリアがやったのかな?」


悪意に染まった笑みが何を意味しているのか俺にはすぐにわかる。そいつは俺のことをちらりと見て口角を上げた。


「誰かに、自分がやったと言えと脅されているんじゃないのか?」

「…っ!?」

「その子が悪い子だ。だってアリアも被害者なんだから」


アリアの肩にまで力が籠められる。あの子は今自分と戦っているんだ。

リア、と唐突に俺の名が呼ばれる。


「最近大人しいと思ったらこういうことだったのか。本当に悪い子だな君は」

「俺は何も」

「ち、ちが…」


否定の言葉を漏らしたアリアの視界が父上様で埋まるほど、彼は怒りに満ちた顔を近づけた。

「なんだ、君がやったのか。アリア」

一気に増した恐怖心に幼子は勝つことができなかった。


「リアが、やりました」


やっと父上様は笑った。何が面白かったのだろう。俺が絶望した表情か?アリアの心を殺した快感か?

「悪い子だ。リア」

また殴られる。俺は殴られるのが嫌いだ。人に手を挙げられるのも嫌いだ。他人が嫌いだ。

全部きら「俺が殴る!」


礼拝の間に響き渡る声。俺の腕を掴んで引きずる父上様が歩み寄ってくるノートに顔を輝かせた。

嘘つきめ。と思った途端、ノートは拳を思いきり父上様の股間に振りかざした。

驚きと共に襲う強烈な痛みに声をあげて父上様は手を放す。代わりにノートが俺を導く。


「あいつはお前を殴ったから殴っていいんだ。お前も、後で俺のこと殴れよ」

「なんだよその理論」

「やり返さないと死ぬまでやられ続けるんだって、兵士が教えてくれた」

「兵士?」


スラムをいくらか走り抜け、石の家の屋根に上り、誰の者かもわからない服をカモフラージュとして父上様の目を抜ける。ノートが指したまっすぐ先に黒い石でできた祭壇と黒い扉があった。


「あそこが開いてたまに人が入って出ていく。あいつら、腰に小さい干肉とか持ってるんだ」

「なんでそんなこと知ってるんだよ」

「俺、あそこの扉をくぐってきた。向こう側に何があるのか知ってる」



コンコンとノックされ、我に返った。はーいと言いながら先生が扉を開けに行く。

すっかり忘れていたようなことがここにきて思い出される。そうだ、ノートは確かにあっち側に行ったことがあるといっていた。でもあいつ、書庫に入ったときすごく驚いていたぞ。


「あ、そうか」

アンドニウスが持つ77の扉…この学校がその1つなら、ノートは別の扉をくぐって直接スラムに来たんじゃないのか?なら残る75の扉のどこかにあいつはいるはず。


「なーにに気が付いたのかな?」


聞いたことがない声に間の抜けた声を出す。従者の服を着た男、按邪はフードの下に更にマスクをつけていて目元は見えない。だが確実にニヤニヤしている。

「体調はどうかね」

「が、学長!」


まさか直に会いにくるとは。慌てて背筋を伸ばす。正直、こいつの顔はあまり見たくない。頭が…いや、あの業火に燃やされた痛みが蘇る。俺であって、俺のことじゃないはずなのに。


「流石ヒイロ教授。ハーツの実でできた紅茶をだすとは。私も一杯頂けるかね」

「あ、僕も僕もー」


恐縮です、といいながら先生は茶の用意をしに立ち去ってしまった。名前も教授だったことも初めて知る。というか、この二人とお茶をするのか?

考えただけで体が震える。カタカタとティーカップが音を鳴らした。

それを見た按邪が笑う。


「ははーまだまだ子供だなぁ。みてよ学長、震えてる」

「そう緊張する必要はない」


いやいや無理!

戦った従者から聞いた話だと魔王が転生魔法で蘇ることは確実になっている。となれば、もし万が一ぼろがでて俺がその転生者だと分かれば即死ぬ…いくら魔法が使えるといっても詠唱を覚えてなければ意味がない。どうあがいても、今はなんとしても、リアで居続けなくては。


「さて、君の未来を決める質問をさせてもらおう」

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