第10話 行方を巡って

たしか、処刑は城内を解放されて行われた。腰縄は無理に引かれることなく、私は自ら進んで処刑台に向かい…あ、そうだ。たくさんの人の中でたった一人だけ、涙を流していた者がいた。私はその者に向かい微笑んだのだ。罪状などどうでもいいと思い聞かなかったな…

燃やされる前にあのランタンを掲げられた。思わず吐き気を催す。


「お前大丈夫だ?」


従者の一人が脇に立ち、顔を覗き込んだ。

「顔色が悪いようだが」

「だい「ああ君は」


俺の強がりを遮るようにロンギヌスが言葉を放つ。天叢雲を使った従者は魔王が死んだのは19年前といったか。青年だった男も今では髭が生えたおっさんになっている。随分と鍛えたのかガタイもかなり良くなっているな。肩にかからないまでも男にしては長い灰色の髪。黒い瞳が俺をみつめる。


「装具を持たずに魔法を使う者」

硬直した空気がザワっと動き前にいた者は後ろを、右にいる者は左を見て俺が中心になる。

あれ、なんだか眩暈がしてきた。

座っているというのに視界が歪み始める。景色を見るのが苦しくなり視界を手で覆った。


「素晴らしい才能を持っているようだが、まだ未熟なようだな」

僅かに開いた指の隙間から、ロンギヌスが横目に合図したことを知る。彼の視線の先に水晶玉を怪しく光らせる者がいた。これは、催眠魔法…?

「ここで学び、立派な魔法使いとなれ」

体から力が抜け、倒れかけたところを従者に支えられる。心配する声をかすかに聞いて、俺は眠りに落ちていった。



さて、話を続けよう。

学長の言葉に皆再び姿勢を正す。

「これから君たちには刻印式を先にうけてもらう。本来入学式後に行動範囲を縛る目的で施すものだが、私が見込んだ君たちは違う。この刻印が発動するのは私が魔法をかけたときだけだ。通常の学生を振舞いながら早速国の為に動いてもらおう」


学長ロンギヌスの背後に居続けた蛇が大きく口を開き、地面に向かって飛び込む。反射的に避けようとしたものもいるが、全く熱を感じない。蛇は床に潜り込むと幾重にも小さな蛇に分裂し、魔法陣を描いていく。長い詠唱を唱えるロンギヌス。


「蛇拘の術、参番…纏火」

魔法陣と化していた蛇は完全な炎の線となり、学生の足から体へ這いあがる。小さな叫び声まで響いた。

袖の短い服を着ていた者の腕を見ると刻印が焦げ目のようにつき、広がっていくのがわかる。


「魔法使いにとって、過酷な時代にしてしまった。しかし忘れるな。私たちは選ばれし者、そして君たちは特別な者だ」


こんな時でも全く動じず、ひたすら前を向き続けているものの顔をロンギヌスは確認する。

闇を知らなければ強い覚悟を得ることはできない。辛い経験をした者だけが強くなれる。

「私は心より君たちを歓迎する」

自然と微笑みがこぼれた。今年は豊作だとロンギヌスは考えたのだ。


広間を後にしてすぐ、水晶玉を持ったものとロンギヌスは言葉を交わす。

「どうだ?」

「すぐに効いたよ。あれは魔法耐性がまるでないな。使えるようにするには時間がかかると思うけど」

ロンギヌスはニヤリと微笑む。

「それでいい」


速足で歩きながら従者は水晶で遊び始める。

「しっかし、彼が魔王の転生者だなんて根拠はどこにあるのさ」

「ただの憶測だ」

「はー本当は理由がいっぱいあるくせに。厄介な奴に好かれたもんだね彼も」

「…お前だって相当気に入っているようだが。49番目の魔導士、按邪」


按邪と呼ばれた者はハハと軽快な笑い声をあげて30cm以上も差があるロンギヌスを見上げる。

「そりゃあね、魔王かどうかは別として、今時装具なしで魔法を自在に操る男なんて聞いたことがない。しかも訓練なしで呟いたら魔法になるんだぞ。興味あるなあ」

「いずれにせよ、もうこの学校に入った何名かは気が付いたはずだ。ここからは水面下で戦争が始まる。」

「ふふ、いいね。あんなに魔法を使うってことは3番目の魔導士が言った通り記憶障害が起きているみたいだ。ここが狙いどころだぞ。思ったより100年早く転生してくれたしツイてる」

「魔王を我が国が手に入れ、学校に入った異物は全て処分する」

「反政府組織には渡さない」



ぼんやりと見える景色がしっかりと目に映るようになるまでやけに時間がかかった。体調不良というわけではなさそうだ。

「やあ、気がついたかい?」

金髪と華奢な体には見覚えがあった。あ、と呟く。

「正直、特待生に選ばれるとは思ってなかったよ」


この学校に飛ばされたとき、初めて会った先生だ。透明なグラスに暖かい飲み物を入れて渡してくれる。

「紅茶だ。魔力を回復させる成分が入っている」

「ありがとうございます」

返事をしながら紅茶ってなんだと思った。泥水みたいな色をしている。


「君は地下層出身なら早く着替えておいた方がいい。服は用意しておいたから」

先生が指した白いテーブルの上に綺麗な漆黒の制服が置かれている。階級社会だからねえと彼はつぶやく。

「もう、地下には戻れないのか?」

「え?」


元々俺はただ地下で盗みをする餓鬼だったはずだ。

それが好奇心で扉をくぐり、魔導士に飛ばされてこの学校に来て…"リア"が第二の人生だったと知ってしまった。全て夢のような話じゃないか。

「なぜ戻る必要がある?」


知ってしまったら戻れない。知識に上書きはできてもなかったことにはできない。

俺はもう無垢な子供に帰ることができない…

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