第7話 空白の、変動の時

「地下層出身を理由に無知というわけか。とんだ世間知らずに私は愚弄されているようだ」


従者だった男は刻印を隠すように服を寄せる。


「全てが変わったのは19年前、この世の魔王が処刑された時だ。多種多様な魔法を使っていたその者は魔法を使えぬ人々を魔法で洗脳し、国家戦争を引き起こすことで多くの血を流させようとした。そしてその血を媒介として災厄の呪文を唱え世界を無に帰そうとしたのだ」

「そんな昔の伝説みたいなことあるのかよ」

「これが事実かどうかなど知る由もない。当時、洗脳された者は魔王処刑後に皆殺された」


男は震える拳を硬く握る。


「確かなのは奴のせいで魔法使いは信用をなくし、恐れられ、一部では迫害され街を追い出されるようになったということだ。そしてそれは魔王の最後の言葉に由来する」

『私を殺しても、私の意志は生き続ける』


ドクンと心臓が脈打った。


「魔王は炎に焼かれ死んだと思われていたが、3番目の魔導士が声をあげたのだ」

『奴め転生魔法を使ったぞ』

「彼女は魔力を検知する魔法を使うことができる。誰もその言葉を疑わなかった。魔力を持たぬ国王も恐れたのさ。我々魔法使いを。弱く、心の優しい魔法使いから殺され始めた。それに憤慨した魔法使いは人々を殺し、また殺された。魔王が生み出した負の連鎖が時代を支配したのさ」


男はもう一度刻印された腕を俺に見せつける。


「そして、その連鎖を断ち切るのが47人目の魔導士によるこの呪縛。魔法使いは専用の学校に登校を義務づけられより高度な知識の習得するという名目で監視されることになった。この刻印は入学と同時に施され、敷地外に出ようとする者に激痛を与える。全ては魔王の誕生を確認し処分するために用意された政策。我々はその被害者。何年後に復活するのかもわからない者の為に何万という人々の自由が失われたのだ」


男はそうだ、と呟き指輪を光らせる。


「ここは幾つもの学校の中でも唯一、一定の自由が許される才能ある者だけが所属する場所。ここを出れば最悪…一生牢の中だ。特に私のように、一度力を持ってしまった者は」


男の目から零れ落ちるように涙が一筋、蛇口から零れる水滴のように寂しく落ちた。

指輪がいつにも増して強く輝く。


「≪精霊よ、我が身の衣を被り給え。乾きし土地に潤いを、血濡れた土地に静寂を。清めの水こそ真の光。尊祟せよ≫天叢雲」


指輪が音を立てて割れると紫色に染まった大量の水が現れ男の身を包む。水球は竜巻のように激しく回り続けとても近づけそうにない。というか近づかない方がいい気がする。

一歩退いたとき水球は割れ、中から紫の体に白髪と化した従者だった男が現れこちらに飛んできた。


白目をむいているし、手の平から鎌と化した水が出ているし、もう彼が先ほどの者とはまるで別人とわかる。人の姿すら変えることができる魔法があるのなら、先ほどの洗脳も容易にできてしまうかもしれない。


殴りかかってきた手をしゃがんで避ける。拳を避けてもあの鎌に当たると死ぬ気がする。しかししゃがんだところで自分の動きを制限してしまっただけ、鳩尾に強烈な蹴りを食らった。

壁に激突して更に息が詰まる。


追撃がくるかと思ったが、男は部屋中に水の魔法を撃ち続けていた。黒板の見取り図が消え、水槽も標本も次々と割れ、部屋が水浸しになる。そしてもう一度俺の下へ飛んできた。横に避けることもしゃがむこともできない。


「≪闇を切り裂く水となれ≫破魔水」


目の前にいる者にこの魔法を撃つのは気が引けたが、そんなこと言っている余裕もないし正直先ほどのようなダメージが入るとも思わない。案の定、俺が放った水は奴の体に当たるなり弾けただけだった。


「≪XXX≫XXX」


なんと言ったのかわからないが男が呟くと、破魔水と全く同じだが大きさと速度が倍になっている紫の破魔水が飛んできた。全ての面でパワーアップしている。

魔法も、球体も通じない。

残る武器として手に触れたのは実験でできた血色の液体だった。


床に焦げ目がついたことを思い出す。

少なくとも水属性ではないだろう。炎葉の蔦は熱かったし、火属性かも。

教卓へ逃げた俺に破魔水を飛ばしながら近づいてくる。もう試すしかない!


「くらえ!」


俺は血色の液体を男に向かって投げた。効いている様子はないが続けて微量の青い水を投げる。

青い水が奴の体に触れた途端


「え」「XXXXX!!!」


泡のように一部固まった半固形の黒煙が一気に膨れ上がり男を、教室を包む。驚きでパニックに陥った男は俺がいない場所にも関係なく大量の破魔水を撃ち続けた。裂けた黒煙の内部は溶岩のように赤く染まっており、またも半固形の煙となって増殖していく。


俺がとるべき最善の策は隠れてチャンスを伺うことだ。

そして隠れる場所はいつもと同じく頭上。木組みを足場に様子を伺うと男が何度も大量に魔法を使っているのがわかった。そして、魔法を使う度に男を覆う紫色が薄くなっていく。


魔法には使用回数に限度があるようだ。

黒い球体を取り出しておく。あいつの紫がなくなったとき奴はきっとかなりの体力を消耗している。

そこを撃つ。


先ほど作ったピンクの泡のように焦げ目はつかないが、こちらの方が有効だった。

何が起こるかわからないものだ。

半分程度に減った泡とすっかり紫色が抜けつつある男。肩で息をするそいつに狙いを定め、球体を投げる。こいつの敗因は理性を失う魔法を使ったことに違いない。

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