第6話 持たざる者
自然さえも生み出す魔法、しかしその存在はやはり偽りで永遠にこの世に姿を留めることはできない。
理科室の壁をも突き破り侵入してくるこの樹こそ“自然”といえるのだろう。
教室の開けっ放しのドアから続いていた小部屋はただの物置だ。危険な化学薬品ではないからこんなにも無造作に置くことができる。大量に置かれた本の中には木に突き刺さっているものもあった。本を引っ張ってみるが抜けそうにない。代わりに木の表皮が割れパパパと高い音がする。
笑い声に聞こえる気がしなくもない。
この教室に笑い樹木の蜜のヒントになるようなものはまるでなかった。というより元々俺の勝手想像で選んでいる材料であって、さっきの蔦も実際は何の蔦なのかわからない。
でもまあ…この樹からとった蜜も同じ蜜だし、全く違うものができるってこともないんじゃないのか?
この樹の特徴でもある表皮をはがすと、ツルツルとした側面が露になる。汚い物置の中から見つけだした鋏を突き刺し続けると焦げたような黄色の蜜がドロリと垂れ始めた。思っていたよりも固形に近い。
試験管の中にいれると鼻水のように思えて吐き気がする。
何かの樹液をの手に入れた。と思ったその時だ。
ドクンと心臓が大きく波打ったような感覚に襲われる。しかし、自分の身に何かが起こったわけではない。変化が起きたのはこの建物だ。まるで円のように包んでいた感覚が常にあったのだが、外部からの刺激に穴を開けられた。
急いで入り口を確認するがあの上級生3人組は息も絶え絶えになりながら立っている。
彼らでないのならだれが?
しかしいいことがわかった。この魔法、たとえ1部が破られても他に影響を与えることはない。
この魔法を破った者が来る前に飛魚の舌を探そう。
もう一度標本の中を見てみよう。もしかしたらどこかの鍵は開いているかもしれない。
物置から理科室に移動する。その途中で俺は何かが動くのを見た。床がところどころ黒くなっている。ひょこりと飛んで、また飛んで、移動を続けるのは黒い蛙だ。彼らの跡がシミをつけている。火葉の蔦も黒い水があたって黒くなった。もしかして、あの水槽の中には生物もいたのか?
踏みつぶさないように気を付けながら植物エリアに戻る。
ああやっぱりそうだ。それぞれの水槽に魚や蟹がいる。飛魚というくらいだからヒレが発達しているはずだ。1匹1匹注意深く見る。
緑の魚やハサミだけが異常に大きい蟹、舌を使って天井にくっつく蛙。変なものばかりがいる。
「あ、こいつだ」
そう呟いた先にいる魚はカーテンのように柔らかいヒレが何層にも重なりあっていた。何十といるうちの一匹が水面を短く跳ねる。俺は小さな網を使ってそのうちの2匹を捕まえた。
体長2㎝ほどしかない。こんな小さな魚の舌1つでは足りないだろう。
飛魚を手に入れ必要なものは全てそろった。
教壇で本に従い実験を始める。枯れた火葉の蔦をすり潰し、何かの樹液と水を混ぜ合わせる。
ちなみにこの透明な水を手に入れる為に教室にある蛇口を8個回した。
すり潰した蔦と黄色に薄まった樹液を合わせてガラス瓶に入れ火にかける。
この中に飛魚の舌をいれるのだが、口が小さすぎて全く取れそうにない。本曰く舌は沸騰を抑える為に入れるようだから頭ごと入れた。
これを誰かが見ていたら止められただろう。俺もこんな状況でなければ自制したと思う。
ガラス瓶の中の液体は見るからに血の色をしているからだ。
絶対に間違えている。なにかを。
しかし俺はじっとその場に立ち続けた。
もう俺がかけた魔法が穴だらけになっていることを感じていたから。
「≪浸食せよ。洪水の如く溢れる水は魔を打ち破る≫ノア」
巨人が拳を振り下ろしたように巨大な衝撃が部屋を襲う。また穴が開き、円を保ってなくなった俺の魔法は総崩れになった。全ての鍵は解放される。圧倒的な水量に流されてきたのは3人の上級生のうち1人だ。
所詮モブということか。
「お前だな。この魔法を張ったのは」
真っ白のローブに身を包み、青い絹の腰巻を巻いた男。
彼の姿を遠くで鏡越しに見た学長はニヤリと微笑んだ。
「汚らしい地下層の鼠め。殺される理由もわからぬまま死ね」
男は中指につけられた指輪を光らせる。
「≪闇を切り裂く水となれ≫破魔水」
現れた水が刃のように横に伸び向かってくる。ガラス瓶と青い液体の入ったフラスコを手に教卓から飛び降りた。狙い撃つかのように着地点にむかって再び刃が飛んでくる。
ここで役立つのはこれまでの生活で得た体のバネ。床に手をつけそのまま前転し、着地したところで球体を投げる。
「反撃球か。≪守れ≫水兎」
水が同じく球体となってぶつかりあう。俺の黒い球体は水を吸い込み、広がることなく地面に落ち、粉々になった。
「な」
同様が隠せない。これ水に弱いのか?
「空間操作魔法を使うからどんな魔法使いかと思えばこの程度か。こんな奴に、私は従者の地位を剥奪されたなど、恥だ…!≪闇を切り裂く水となれ≫破魔水」
机上の実験道具が割れる。
やはり、魔法を使えない者は魔法使いに勝つのが難しい。
しかしだ、俺はさっき偶然にも魔法を使えた男。魔法を使うのに必要な詠唱は覚えた、今。
「≪闇を切り裂く水となれ≫破魔水!」
「は?」
俺が唱えたことにより、地面から水が浮かび上がる。それはこの男が自らの魔法で生み出した水だった。
あるものは周辺の水と重なって大きく、またあるものは小さき刃となって男に襲い掛かる。
「ち、≪地に埋まりし風よ、解放されよ≫壁石の守り」
僅かに盛り上がった床が男の前に立ちふさがるが、それも腰まで。襲い掛かる刃に男は手を切り、服を切り、血を流す。
俺はその血に動揺した。この魔法、人を殺す…
「装具なしで魔法を操るだと」
「なあ追いコンなんてやめようぜ。俺は隠れてやり過ごそうと思って」
「私を追い出しておいて何を言う」
男の顔は憎しみに満ちていた。
「ここ以外で魔法使いに自由などない!!」
切り裂かれた服で露になる黒い模様。男はそれに腕から腹部まで覆われていた。
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