第5話 変わらない状況

「27番合格、103番、76番も認める。…おや」


鏡を通して敷地内の戦いを見つめる者がいた。その人物の側近達はペンでその人物が言った番号を書き続けている。番号を述べる者はこの学校の長で、認められた者はたとえ戦いに負けても能力を買われて入学が認められるのである。


「763番の鏡が消えたぞ」

「申し訳ございません」


低い声に慄いた従者が慌てて魔法を発動させる。

「≪我先見の明を持つ者。同刻の離れし地の震えを知らせ給え≫水鏡」


水の塊がシャボン玉のように浮き、薄く楕円形に広がっていく。本来ならそのまま景色を写すのであろうそれは暗闇を写すと氷のように固まり、ヒビが入り砕け散った。フードを被り、顔が見えないとはいえ魔法が打ち消されたことに驚いた従者の動揺が部屋に広がる。


「何者かがあの空間に鍵をかけたな」

「まさか、私の魔法を越えるだと…」


項垂れる従者の頭上が光る。

「何をしている」

真っ赤な炎が牙をむいていた。

「お前の仕事は終わりだ。ご苦労だった」

「ま、まってください。私は」


炎が従者に飛び掛かり、そのフードを燃やした。まだ若い栗毛の青年が明らかになる。その瞳に映る人物はランタンを手に男に歩み寄った。隠者のようにそれを掲げ、2人の元だけを明るく照らす。


「ここはエリュニス魔法学院。徹底した実力主義であることくらいわかるだろう」


ランタンから伸びる炎がとぐろを巻き、燃える蛇が青年を捉える。


「お前は地下層出身の餓鬼に追い出されたのだ。」


その言葉が意味するのは退学1つ。青年は拳を強く握り、その場を立ち去った。静寂の中で勢いよく閉じられた扉の音が響く。誰も彼の後を継いで鏡を出そうとしない。学長は落胆の息を吐いて呪文を唱えた。


「だからお前らは卒業できない」


赤い炎が鏡となって黒板に何かを書き続けるリアを写す。

「自由を手にしたければ力を誇示しろ。世に己の存在という危機感を与えろ。この男のように」


そのころ、俺は黒板に書いた別館の見取り図を眺めていた。唯一扉の先が見えない場所がある。3階突き当り。魔法を使っても見えないということは一番安全に身を隠せるんじゃないのか?


「おい開けろゴラ」

「閉じこもってんじゃねーぞ!」

「馬鹿にしやがって」


ただ問題があるとすればこの上級生3人の存在と、全ての鍵を俺自身でかけてしまったということだ。

上級生はあの手この手で開けようとしているというのに扉は物音1つ立てることがない絶対防御となってしまった。ああ、ついには魔法まで使い始めている。


いつまで持ちこたえられるのかもわからないからここにいるのは安全とはいえないんだよな。

俺はチロッと3人を見たのだが、それがまた刺激を与えたらしい。野良犬のように吠えている。うーん意外とピンチだ。魔法はたまたま使えただけ。この呪文以外は知らないし、武器は球体しかない。

頭を抱える。


とはいえここは理科室。何があるか探してみよう。

まず見たのは黒板前の黒机だ。フラスコや試験管の中に青や緑、ピンクの液体が入っている。なんとなく、ピンクの試験管の中に青い液体を入れてみた。雫と液体が接触した途端に紫色の泡が試験管から勢いよく溢れ出す。しかも溢れ続ける。あっという間に試験管を出て黒いテーブルを横切って床に落ちた。

プシュという情けない音と共に泡が消え、床に焦げ目が現れる。下手に触らない方がよさそうだ。


あ、いや待て。

俺はすぐそばにある古びた本を読んだ。ところどころ抜けてかなり読みにくくなっているがなんとなく言っていることがわかる気がする。この液体2つとっておこう。少量で持ち運びしやすく、脅しには使えそうだ。


本に書いてある 飛魚の舌、炎葉の蔦、笑い樹木の蜜 を見つけよう。

最後の素材髪の毛と水はすぐに手に入る。

教壇を降りてまずは大量の標本が入った棚へ向かう。標本の中には何かの目や虫の死骸が浸っている。スラムにも狂った奴は多かったがこういうのが好きなやつはいなかったな…


飛魚の舌って、多分すごく小さいよな。

俺は本棚の奥底を注意深く見て小瓶を見つける。あれとか確認してみるか。本棚の扉を開けようと手をかけるが開かない。


「あー……」


魔法のせいだ。俺の魔法のせい。なんだよこの呪文すごい不便だ。

何度殴っても開かない。力ではどうにもできないことはあの上級生が実証済みか。

あの小瓶が飛魚の舌でないことを祈って視線を動かす。部屋の端、日の光がよくあたる場所に植木鉢と水槽に入った水草が入っていた。炎葉の蔦はあれだと確信できた物があったからだ。


水槽の中、光に反射する宝石のように輝く植物が漂う。赤い。紅葉のように5つに分かる葉を一つの物として繋いでおく役割しか果たせそうにないほど細い蔦。ピンク色はこの葉からきているんだろうな。なんて考えながら蔦を取ろうと葉をちぎる。


「あっつ!!!」


思わず離した手。水槽が沸騰を始める。炎葉の由来を知った。

水で冷やしながらとるしかない。

壁にかかっていたタオルを手に水槽を持ち上げ洗面台に運ぶ。捻った蛇口からは真っ黒な液体が流れ出た。


「おいおいおいおいおい」


慌てて止めるが水槽の水は真っ黒に染まる。気が付けば沸騰も収まったこともあり、もう水を全て流してみた。真っ黒になった炎葉を摘んでも熱くない。

俺は 枯れた炎葉の蔦 を手に入れた。

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