第3話 勝ち方/戦い方
あれ、そういえば…前も同じようなことを思った気がする。
いつだったっけ。
眠りに落ちた時、寝た瞬間の記憶はない。気が付けば朝になっている。それと同じだった。
目が覚めると俺は知らない男の背におぶられていた。がっちりとした肩。金髪が麦のように鼻に触れてくすぐったい。
短い呻き声をあげると男が振り返る。
「起きたか転入生」
豪華な装飾が施された廊下だ。俺が住んでいた石の建物を何十年も磨き続ければこの壁のようにツルツルになるんだろうか。この青いカーペットは何のために敷いているんだ?
前を歩いてきた女性はこの男の為に道を開き、長い紺色のローブの裾を持って礼をした。
「全く、いくら魔導士とはいえこんな時に新人を飛ばしてくるとは迷惑な話だ」
「アンドニウス…」
「そうだ。ここは奴が持つ77の扉の1つに繋がっている、魔法使いになるための学校だ」
いくら周囲を見渡してもノートの姿はないし、本の1つもない。
まるで別世界に飛ばされた気分だった。あの書庫でさえこの世の物とは思えない。
「そして、この学校では今追い出しコンパニー、通称追いコンが行われている。」
ただでさえ混乱することが続いているというのに、更に謎の行事が重なる。
男はそっと俺を下ろし、見下ろした。
しっかりとしていたのに華奢な体は真っ黒なズボンがよく似合う。敷物と同じ青い装飾がされていて、コートの裾やフードの一部に魔法陣が描かれている。さっきの女性の反応といい、きっとこいつは先生だろう。俺の原始人のような姿が恥ずかしい。
「追いコンに参加するのは一定の成績を修めることができず、進級不可と判断された上級生だ。年次ごとに受講生は決められている。進級したければ進級できなかった先輩を追い出せということだ」
「はあ…」
「ここに来たからには特別扱いはしない。自分の居場所は自分で手に入れろ」
男はそういって黒い手袋を紫に光らせた。
俺は特に生徒になりたいなんて言っていないんだが。
「≪風よ攫え≫ブリーズ」
優しいそよ風が意志を持って集まり、積み荷を運ぶように俺の体を浮かばせ、乗せていく。
「頑張れよ~」
男は手を振り、角を曲がったところで誰の姿も見えなくなった。その代わりに大勢の声が響いてくる。
背中を向けて進んでいた方向に顔を動かす。7mほどある扉が錆びた音を立てて開いた。
こんなに何度も強制的に場所を移動させられるのは気分がよくない。だが、スラムの時もそうだった。常にその日暮らし。生きるためには時に後先考えない行動も必要になる。そうだ、とりあえず適用しよう。これから始まることに。
「≪雷よ鼠を穿て≫エレクト!」
「≪我が身を守る盾となれ≫ウォータ」
「≪土よ裂けろ狭間より炎よ出でよ≫ボム」
扉の先では破壊行為が続けられていた。何もない場所から物質が生まれている。全て魔法だ。
正直信じられない。適用するって、俺は魔法が使えないんだぞ。困惑が見て取れたのか隙ありと言って、顔も知らない者が俺を見て飛び掛かってきた。
「≪拳よ固まれ≫アイロン」
その男は言葉の意味通り腕を鉄に変える。避けたからいいものの、地面に彼の腕が突き刺さり攻撃力の高さを物語っていた。
「何すんだよ」
「一定数しか生徒になれないんだから誰でも倒しまくるのが正解なんだよ。甘えんな」
そんなことあの先生が言っていたな。
試しにスラムの頃の睨みを聞かせてみるが敵も怖気づかない。こいつは俺より格上か同じ程度とわかった。まあ魔法が使えないという時点で圧倒的に不利な気がするが。何か武器があれば…武器…あ、武器。
腰に付けた秘密の鞄に触れる。球体がちゃんと残っている。
これだ。これを使って、俺じゃない誰かにこいつを倒してもらおう。幸いにもここにいる者は全員が1対その他全員という考えのようだから。
球体を手に取る。柄にもなく緊張していた。震えている自分に言い聞かせる。これは遊びと同じだ。
アジトでしていた遊び。いつも俺とノートが残る。
「…じゃあまずあんたを脱落させてやるよ」
強がって口角を上げたのが煽りと捉えられたらしい。
「上等…!≪拳よ固まれ≫アイロン!」
魔法というのは呪文が唱え終わるまで使うことができないらしい。詠唱が終わってからこいつは走ってくる単細胞だ。俺は周囲を見回して登れるものを探した。殴られなければいい。
時間稼ぎとして球体をまず1つ投げた。やはり避ける。ベシャッと球体は広がり、丸く戻った。
「なんだあれ」
奴の気が逸れた隙に石の壁を登り改めて場の状況を掴む。
ここは校庭か?空が、ああ空が青い。空って青いのか。住んでいたのは洞窟の街。夜も昼もわからなかったが大人は青空が見たいって言ってたな。あれ、じゃあ大人もどこか別の場所からあそこにたどり着いたっていうのか?
「降りてこいゴラァ!!」
吠える男に意識が戻る。ここには壁と平地しかないが100mほど先には学校の別館やビニールハウス、庭園がある。力がない俺が生き残ることを考えると極力誰とも会わないあるいは隠れられる場所にいたほうがいいだろうな。
それに、暗い屋内の方がこの球体は使いやすい。
決まりだ別館を目指す。
「無視してんじゃねえぞオラ!」
男は鉄の拳で壁を力強く殴る。亀裂が入った。もう一発殴ったところで男の魔法が解ける。
片腕1回ずつか。
俺の持つ球体は計3個。1つはもう使ってしまったからあと2つ。外すわけにはいかない。となるとあいつの拳を避けて確実な1発を、そして獲物がいると他に周知させてから倒させるまでの時間稼ぎに1つを使うのがベストだ。
俺は腰ひもをほどき、地面に飛び降りてすぐ紐を引きずった。腰ひもの中に溜まった砂を思いきり空気中に巻いて男の目を潰す。
「うわ」
魔法使いは力勝負ばかりだ。
「ずりいぞお前!」
だが勝負の世界、勝ち負けだけが結果として残る。背景や作戦なんて知ろうとしたものにしか伝わらない。
でもって、この末端の試合。誰も見ていない。
「よーしこれは楽勝だー!」
俺はわざとらしく大声をあげた。
「な、なっ」
案の定男の頭に血が上る。
「ぶっ飛ばす!」
男はまっすぐに拳を振り上げ向かってきた。
「≪拳よ≫「言わすかよ!」
球体を思い切り投げる。しかし、男は顔に向かって投げたそれを常人を上回る反応で避けた。予想外の出来事に息が詰まる。
「≪固まれ≫」
まずい。もう一つの球体を取り出す。どこにいつ投げるべきだ。最善はなんだ。
考えられる時間もない。もう、俺たちの距離は手が届くほど近くになっている。
「アイロン!」
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