第2話 蔓延る魔導師

「あとはリア1人か」


額にバンダナを巻いた少年が泥団子のような黒い球体を持って彷徨っている。


そこは遺跡のように風化した石の建物が続く街。ぼろ布を服と呼び、イワシのように小さな魚を御馳走と言って喜ぶ。バンダナ少年は窓なのか建物の欠陥なのかさえわからない隙間から動く影を見逃さなかった。


「そこだ!」


投げられた黒い球体は壁にぶつかるとペンキのようにつぶれて広がる。そして再び球体となって地面に落ちる。これは軍が持つ捕縛用の武器だ。以前街にいた犯罪者を捕まえる際乱用された。正直、犯罪者でない者を見つける方が難しい環境でこの武器は役には立たなかったようだが、俺たちの遊び道具としては十分だった。


「球体が2つ?」


バンダナ少年は投げた覚えのないもう一つの球体に気が付き振り返る。しかしその先にも俺はいない。誰にも見つかっていない素性から彼の体めがけて武器を投げた。げ!という声と共に球体に潰され、少年は倒れこむ。


バンダナ少年が見上げた汚い街の物押し竿から飛び降りた。


「そんなものにぶら下がるかよ普通」

「力自慢のノートに勝つには裏をかくしかないからな」


武器は再び球体に戻り、それぞれ俺たちの秘密の鞄の中に入る。


「でもまあ、もうコツはつかめてきた」

「どんな武装兵もこの球体に襲い掛かられたら倒れこんで隙ができる」


俺とノートは顔を合わせてニヤリと笑った。


この街は洞窟の中にある。そして何故か、出口は1つで巨大な扉により外と隔てられている。


俺とノート、そして下っ端の仲間たちは3年に亘りこの扉が開く周期を調べてきた。扉が開くのは大体3か月に1度。大量の兵士がやってきて街の犯罪者を数人連行していく時だ。


俺たちは下っ端もいる小さな秘密基地で計画の説明をした。

脱走が目的ではなく、扉の先を知ることが第一優先なこと。そしてできるだけ人に危害を加えないこと。

かなり大雑把な計画と拙い説明だが、孤児だけで形成された俺たちのグループには丁度良かった。


俺とノートだけは球体を持ち、強行突破する。

ただの好奇心と遊び心だった。


いざ当日になっても扉の先に行こうとしたものはこれまでいなかったのかというほど兵士は俺たちに無関心だ。訓練したのも阿保らしく感じるほどにザルな警備。下っ端にさえ翻弄されている。


本当に思った。

この兵は誰から何を守っているんだろうと。


俺とノートは目を合わせて扉を潜り抜けた。

なぜか懐かしく感じる光に包まれる。


「なんだこれ…」


俺は眩しくて目を閉じていたがノートの声を聴いて目を開く。

扉の先に存在する空間は書庫だった。しかも振り返っても扉が存在しない。まるで瞬間移動でもしたようだ。瞬間移動…でも


本でできた迷路を進んでいく。全ての本に背表紙がない。違いは色と背丈と分厚さだけだ。


「いってみよう」


ノートは前だけを見つめていた。片手は鞄の中に入っている。いつでも球体が取り出せるように。


「いや、ちょっと待って」


前進するノートに声をかけ、立ち止まる。こんなにも大量に本で埋め尽くされているというのに、唯一白金に輝く本を見つけてしまった。手を伸ばさずにはいられない。


「これ、光ってる」

「え、どこがだよ」


どうやら俺にしか輝いて見えないらしい。

そっと、表紙を開いた。


「≪金の衣に身を委ね、進め進めと堕ちていく≫」


なんだこれは。

訳がわからないとノートと目を合わせた刹那、書庫に中性的な声が響き渡る。


「羊の書を開いたね」


俺とノートは球体を取り出した。


「誰だ!」

「まあまあ落ち着きたまえ。君たちが今いる場所から前へ12歩、左へ6歩、右へ22歩進んだ先にテーブルがある。お茶でも飲みながら話そうじゃないか」


元はと言えば俺たちは不法侵入者。ゆっくりと声の主が勧めた方角から遠ざかり逃げようとした。


「前へ12歩」


そのすぐ背後で声が響く。先ほどまで誰もいなかったはずだが、確実に誰かがいる。冷汗がこぼれ出た。


「聞こえないのか?前へ12歩だ」


大人しく従うほかなかった。進むたびに1-2-と聞こえてくる。

やがて、声の主が言った通りテーブルのある広間へたどり着いた。誰もいなかったテーブルを確認し、瞬きをした間に青髪の人間が現れる。


「いらっしゃーい」


先ほど間違いなく俺たちの後ろいた者の声だ。ショートヘアの青い髪にはパーマがかかり、王が羽織るようなマントをつけている。そして手には指揮棒のように細長く、宝石がいたる所についている鍵を持っていた。


「僕は29番目の魔導士、アンドニウス。転移魔法により世界各地とこの書庫を繋げている」

「魔導士…」


ノートは絶句した。俺も見るのは初めてだ。今では52人いる魔導士はある分野の魔法を極めきった者に与えられる国王からの称号を得た天才だという。


「まさか僕が君たちを殺すとでも?」


あどけなさを残す姿はしているが、魔導士制度ができてもう50年以上が経っている。あまりにも若すぎる姿に彼らが通常の生活からはかけ離れた何かを身に施していることは明らかだった。


「まあ確かに不法侵入に不敬罪、損害事件に脅迫…ここに来るまでも来てからも色々やらかしてるからねえ。怯えるのも無理はない」


しかし、といってアンドニウスはニヤリと笑った。


「そんなことどうでもいい。未知の扉を潜り抜ける好奇心と勇気を持つ君たちを僕は支援する。バンダナ少年もこの膨大な本の中からたった一つ、君の物語を示す書物を取りたまえ」

「俺の物語?」

「そうだ羊の書を選んだ少年よ。ああ、君は哀れで可哀想な運命を歩むことになるだろう」


失礼だ。たった一冊の書から何がわかるというんだ。そう思いながらも、強がった自分がいて少し寂しい。


「だが君は類まれな才能を持っているようだぞ。よし決めた。」


アンドニウスがくるりと鍵を動かすと扉なき場所に光の扉が現れる。


「君には学校に通ってもらうとしよう」

「はあ!?」

「拒否することは許されない」


魔導士なんていいながら悪魔みたいな奴だ。扉から強力な風が吹いて引き寄せられていく。


「リア!」


手を伸ばしたノートと俺の間にアンドニウスは鍵で線を引き、ガラスのような見えざる壁を作る。


「バンダナ、お前に学校は必要ない」

「俺たちは生まれてからずっと一緒に過ごしてきたんだぞ。これからも一緒だ!」


そうだ。記憶のある限りノートはいつもそばにいた。家族のように共に悪だくみをして大人を騙し、物を食べ、共に遊び、共に痛みつけられた。雨の降らない洞窟で、1日がどのくらい経ったのかもわからない世界で。


「ずっと一緒?それは違う」


もう扉は俺のすぐ後ろまで来ていた。


「お前たちは巡り合わされたんだ。持たざる者の行く末は持つ者が決める。この瞬間もそうだろう」

「リア!」

「ノート!」



ぐるぐると渦潮に巻かれたように世界が回っていく。


「“自由に”楽しめ」


皮肉に染まった言葉が無の世界を漂う俺にこだました。確かに外の世界に憧れていた。何があるのか知りたかった。だが、こんなのは俺が求める自由じゃない。


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