幸運0で挑む世界~転生前は魔王と呼ばれたようでして~

鈴乃ピタ

第1話(改) 最初の記憶

 落書きのような呪文に命を託すことになるとはな。

 

 取り込んだばかりの空気が口から逃げ出す。風になった吐息でさえ私を守ることはできずにいた。孤独な現実を突きつけるように石が投げつけられ心だけでなく体にも傷が増えていく。やめろと声をあげる兵もいるが彼らは味方ではない。

 言葉に制止の務めは果たせず涙のようにしとしとと、とめどなく血が流れた。焦げた床にアクセントの如く広がる様はこの熱情を示す溶岩のようだ。今となってはどうしようもできないことだが……自嘲気味に笑う反面、後ろ手に括られた拳に力が入る。


「時間だ」


 冷淡な誰かの言葉が騒音の中でもハッキリと聞こえる。人々が黙ったのはその直後、石畳に鞭打つような鋭い杖の音が彼らの心を委縮させたからだ。

 王の威厳は言葉では形作られず。私を見下す瞳は雲を眺めるようにどうでもいいと言っていた。頬杖をかく姿は退屈そうにしていた。こんな者が国の王。絵面だけみれば誰しもそう語り罵るだろう。そして躊躇なく首を斬られる。

 行動に一片の迷いなく、迅速で徹底的。己と国家の力を最大限に活用する。そう、彼は恐怖を国民の意識に刷り込ませることに成功し自らに従わせることで王という認識及び地位を獲得した。実力は恐らく、横のランタンを持った青年の方が上であろう。なにせ、この私を捕らえたのも彼なのだから。


「言い残すことはあるか」


 青年は静かに処刑台へ上がると私を見た。なんてまっすぐな青い瞳をしているのだろう。


「名は?」

「ロンギヌス・エンプサ」


 彼はきっと47人目の魔導士になる。自然と表情が和らいだ。ロンギヌスは意にも介さず踵を返し、距離を開いていく。たとえ私を殺しても、この意志は生き続ける。激しい渦となる彼のランタンのように。


「≪炎よ滅せ≫フレイム」


 よりによって火系列魔法で最弱の呪文で殺されるとは。感嘆の声を漏らした観客は魔法使いでない者が多い証だ。とはいえ、流石見込みのある子。一般的な魔法使いと格の違いを見せつける。

 通常直線的な火柱であるフレイムだが、彼が生み出したのは大蛇だ。蜷局を巻くように下の材木から火をつけられ体を巻かれると、頭の頂点から大きな口に飲み込まれた。


 人々が息を飲む。処刑はすることに意味があった。この“見世物”が焚きつけるから。


 後ろ手に縛られた拳に力が入る。熱い。痛い。魂が体を離れて逝こうとする。まだだ、まだ待て。死まで猶予を与えたのが最後にして最大の過ちだったと思わせるためには。奴らの警戒が解けるまでは……! 今度こそ平等な世界を作り上げるのだ。魔法に魅入られた者とそうでない者が手を取りあえる、そんな世界を私が生み出す。私が導く。この体朽ちたとて、死ぬわけにはいかない!


 フッと体が宙に浮き、強い衝撃を全身に感じた。炭が砕けるようにバラバラになる感覚。もう目が見えない。恐らく、縄が焼き切れ支えを無くした体が倒れたのだろう。長年の研究に命運を託す時が来た。


「≪能星神よ、逝く者に最期の希望を。奇跡の限りを尽くして嘆願する。≫リバイブ。

≪我生命を賭して時駆ける≫散時計」


 声は出なかった。聞こえなかっただけだろうか。魔法は発動しただろうか。強烈な白い光に包まれたことを感じる。閃光に私は吹き飛ばされた。あれは誰かの魔法だったのだ。処刑台の残骸が観覧していた国民にまで吹き飛んだのが見える。実力のない兵士は慄くばかり。砂煙の合間から赤髪の女性が私の体を見つめているのが見えた。笑っている。


 いや待て、私の体だと? 元々成功率も真偽も定かでない魔法だ。失敗してもおかしくない。私は死んだのか?腕も足もない。まさか、魂だけの状態になっているのか? 状況も把握できず焦る私は成す術なく、風船のように上空へ運ばれる。

 このまま現世を離れるのか? 我が志は果たされぬのか?そんなこと、あってはならない。

処刑台は木っ端微塵になっている。人々は爪楊枝のように見え始めやがて雲に遮られ見えなくなった。


「リバイブは対面の儀」


 世界中に響き渡っているのではないかと錯覚するほど大きな声がした。覆われた雲が割れ、青く透明な……輪郭だけが存在するような手に包まれる。例えば、水中の手を持ち上げるのと同じように雲もこの手から退いていった。


「私に出会う言霊を放つだけでなく、時送りの魔法までかけるとは」


 やがて雲は消え、牛乳を溶かしたような水色の空が現れる。輝く星々まで見える特異な地に彼女はいた。美しく整った巨大な顔は瞳を閉じている。女神のようだ。


「慌てる必要はありません。あなたは使命を全うし解放された魂」

「使命を全うした?」

「はい。累計27,496人もの人々を救い、失われるはずの未来を紡ぎました。あなた1人のおかげで世界はまた別の道を進むのです」


 救ったとはいえ、私は医療に精通した者ではない。行く先々で貧困に悩める者に手を差し出したのみ。彼らを助けたその先で誰かが助けられる、その連鎖なのだろう。


「しかし、魔法道具の開発に注力したことは残念でした」


 ならば、後を継ぐ者に任せてはと思考も感情も単純化された思念体は考えたが、この一言で目が覚める。


「研究を始めたあなたの未来はどう足掻こうと絶望と困難に塗れていました。その道を行かなければ75までの天寿を全うし、国境を越えて死を悲しまれ、栄誉魔導士の称号を得る素晴らしい人生だったのです」

「その先は?」

「何もありません。誰かの死による変化はひと時。再び市民は魔法使いに諂うこととなっていたでしょう」

「ならばそれは素晴らしい人生ではない」


 私には弟子がいた。戦争で親を亡くした者、盗賊として生きていた者、魔法を使えないが故に優秀な道を閉ざされた者達。これから何人も……何億人も同じ悲しみを味わっていく。


「素晴らしい人生とは、死に際に生きていてよかったと思う人生だ。研究をしなかった道の私はたとえ何人の人々を目の前で救おうと、創造と破壊が繰り返されるウロボロスの世界に疑念を抱き迷いの中死んでいっただろう」

「ほう。では、あなたは何を望むのです」

 

 女神の顔が大きく近づく。私は無い足で跪き、右腕を差し出した。恐らく、この返答で全てが決まる。


「もう一度チャンスをください。素晴らしい人生とは何か、教えて差し上げます」


 一瞬唖然とした女神は鼻で笑うと堪えるように笑い始め、やがて天を仰ぎ大声を響かせた。


「私は全知全能。あらゆる物事に平等な魂を導く者。その神に教えるとは……」


 こちらへ向き直った女神の瞳は見開かれ、瞳孔の中にある3つの瞳全てが私を凝視する。人のものではない恐ろしさにたじろいでしまう。


「あなたは天への導きを否定し、我が道を行くというのですね?」


 女神でなく、悪魔だ。なんと歪んだ声……そういえば、盗賊の弟子が言っていた。生きるのもまた苦しみだと。そうだ、思い出せ。これまでの出会いを。私は気持ちばかりの深呼吸の後しっかりと頷いた。


「真に救うべき者は世に、人に、環境に、自然と不幸にされた人々だ。次ここへ来るときは彼らと共にいい人生だったと言いましょう」


 彼女は見開いた瞳のまま、悪魔の声で口元は優しく微笑む。


「ならば、あなたに神の加護はもうありません」


 私を包んでいた手は離され、急速に落下していく。厚い雲が美しい星々の光を閉ざし、闇が訪れた。


「これから起こる事象全てはあなたの選択が引き起こした結果。運があなた以外の者を味方する不平等な世界。やってみなさい、もう一度……魂の思うままに」


 長いトンネルのような闇だったが、水の中に落ちたことを感じる。時間の感覚もないままに浮いていた私は唐突に光を感じた。驚くほど眩しく、声をあげる。大きな産声をあげていた。

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