第16話 複雑
夏休みに入ってから気分が悪かった。いや、正確にはその2日前から。
ひなたを置き去りにして勢いよく帰ってしまったあの日、後悔と怒りで一睡もできなかった。
自分が許せなかった。私にとってひなたはそれほど大きな存在ではないと無意識に思っていたからだ。夏休みになっても一緒に会って遊ぼうという考え自体が浮かばなかった、それくらいの仲。
ひなたになんて失礼なことをしてしまったんだろう。きっと嫌われてしまったに違いない。あの日の葛藤が今も続いている。
それから2週間放心したままなんとなくで夏休みを過していた。しかし、私の心は滑稽で醜いものだったので、ひなたに嫌われてしまうことなんてどうでもいいとさえ思っていた。
そんな時だった、ひなたからの誘いが来た時は。
私はすぐに返信した。ひなたがメールをくれたことが嬉しかった、というのもあるがこれ以上彼女への思いが小さくなってしまうことが嫌だったからだ。
ひなたと久しぶりに会って、プールに行けて楽しかった。プールなんて言い出して、私らしくないと思ったが、あの時は本当に切羽詰まっていた。だが案外悪いものではなかった。それに、ひなたの水着姿はきっと可愛いと思っていたから。実際は想像以上だったけど……。
ひなたはいつも通りに私と接してくれて、だから私もいつも通りでいられた。この時間がずっと続いて欲しい。だから思い切って家に来ないか誘ってみた。家に誰かを誘うなんてことは初めてで、お母さんも1つ返事で了承してくれた。
***
ひなたと食べるご飯は最高で、お母さんの料理が普段の倍美味しく感じられた。
弟が途中から入ってきたので複雑だったが、この思春期男子は年上の女性と話せるほどの強メンタルを持ち合わせていなかった。
「ご馳走様でした。ありがとう」
「うん」
夜もいい時間帯になってきたので、ひなたを家の前まで見送る。
「本当に大丈夫?送らなくて」
お母さんがそう尋ねるが、ひなたの家はここから20分ほど歩いた所にあるらしく、充分帰れる距離らしい。
「大丈夫です。本当にありがとうございます」
「ひなた」
「ん?」
言いかけて口を紡ぐ。だけど、今度はしっかりと言わなくちゃいけない。もうあんな思いはしたくない。
「また遊ぼう」
「………うん。メールしてよ」
「する」
「うん。それじゃあ」
ひなたが手を振りながら玄関を出ていこうとする。
「またね」
「うん、またね」
ひなたの姿が見えなくなるまで、ひなたが歩いていくのを見つめていた。
後でメール送ろう。今度は何して遊ぼうかって。
「随分とご機嫌なのね」
お母さんが嬉しそうに言ってくる。そうだ、今日は久しぶりにひなたに会えて嬉しかったんだ。これまでの複雑な心境が嘘みたいだった。
「複雑そうに見えて、案外単純なのかも」
そう自分に言い聞かせる。その通りなのかもしれない。
ひなたが関わると些細なことで一喜一憂してしまうなんて、本当に私という人間はよく分からないなぁ………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます