第12話 感情

私は自分のことを知らなさすぎる。というよりかは、関心がない。他のことに対してもそうだ。

赤ちゃんが次から次へと新しいおもちゃを欲しがるように、私の興味は別の者へと写っていく。

それが少し怖いと思った。自分がこれほど冷めた人間だったんだと、理解したくなかった。

だがそれも、数日すればすぐにどうでもよくなる。考えるのがめんどくさくなって、いつもの通りボーッとしながら怠惰を貪る。

人間らしくない。私は人間じゃないのかもしれない。ひょっとしたら、人間の皮を被った感情のない醜い生物なのかもしれない……。



***


6時間目の授業が終わった。

教科書は常に置きっぱなしなので机の中にしまいこむ。

ひなたの方を見る。こちらに気づくと早足で近づいてくる。


「ごめん、今から掃除」

「あーそうなんだ、じゃあ……」


先に帰ってしまおうか、そう思った。だが、明日は終業式なのでら午前で学校が終わる。そこからはもう夏休みだ。ひなたと会う機会は激減する。いや、皆無だろう。

ならせめて、一緒に帰ろうではないか。


「待ってるよ、校門の前にいるね」

「えっいいの?」

「うん、先行ってる」

「ありがとう」


手を雑に振りながら玄関へと向かう。

すると、あさひが下駄箱前でゴミ掃除をしていた。


「あっ………」


目が合うと、不自然に逸らし合う。

あー、やっぱダルいなこういうの………。

ひなたの友達なのでいい子だというのは分かる。成績も優秀だし。

けれど、実際に二人きりの状況になるとどうしても気まずくなってしまう。


久しぶりに思い出した。何年も前に味わった、なんともいえない感情。ひなたといる時は感じない、重たくて生ぬるい空気。


やはり私はこの子とは合わない。いや、ひなた以外の人とは合わない。


自分の靴に履き替え、外に出る。何も言わずに出ていってしまったので、少しあさひの様子も気になったが、すぐにどうでもよくなった。


そんな自分に心底腹が立つ。結局何も変わっていない。ひなたと出会い自分は良い方向に変われた気でいた。しかしそれは勝手で傲慢な思い込みで、退化している気がしてきた。


さっきの授業前、教室に入った時に感じた視線。あれが少し痛苦しかった。以前ならばどうということはなかったのに。


周りを気にするようになったんだと気づいた。私は心が弱くなったんだ。独りの時よりもずいぶんと弱体化してしまった。


…………なんで?


ひなたと出会ったから?

違う、絶対に違う。ひなたのせいじゃない。私が勝手に弱くなったんだ。ひなたを利用して独りになる口実を作るな。


………いや、どうせまたすぐにどうでもよくなる。考えるだけ無駄だ。

どうして無駄なことに悩まないといけない?

苛立ちが止まらない。


ひなたが絡んでくるとどうにも人間臭くなる。

理解できない。自分のことが分からなくなる。だから私は、今まで深く考え込もうとしなかったんだ。


こうなることは分かっていたから……。


「おまたせー」


横にひなたがいた。全くきがつかなかった。その横にはあさひもいる。


「あさひ、途中まで一緒なんだ」

「……そう」


なんとか返事をして、一緒に歩き出す。

私は二人で帰ろうとしたのに……。

本当にあさひとは相容れないのだと思う。

申し訳なく思う一方で、早く家に着きたいとも思う。しかし、ひなたを置いてそそくさと帰れなかった。


「じゃあ、私こっちだから……」

「あっ、うんまたね」


あさひがひなたに告げると、信号を渡り反対側の道へ歩いていった。


「……………」

「どうしたの?」

「……………」

「一緒に帰ろうなんて、珍しいね」

「うん、明日で学校終わりだからひなたと会えなくなるじゃん」

「え、夏休み会えば良くない?」

「…………あ」


言われて、初めて気づく。どうしてその発想が浮かばなかったのか。


いや、心の奥底にほんのりとあった。しかし、理由がないのにひなたと会ってもどうしようもないだろうと、考えを遮っていた。


「あっ……………」


喉が熱くなる。どうしてそう思ったのだろう。ひなたは友達だ。友達なら一緒に遊ぶものだろう。なのに、どうして夏休みになったら会えなくなるなんて…………


頭がおかしくなる。もう自分でも何を考えてるいるのか分からなくなった。私は異常だ。どうかしてる。なにもかも、冷めきっている。


「ひかげ?」

「ごめん」

「え?」


その場から勢いよく走り出した。ひなたを置いて。言ってることとやってることが違うじゃないか。


ああ、本当に嫌になる。自分と、自分以外の全てのものに。


もう何も考えたくない。私のこれまでの人生はなんだったんだろう。こんなおかしい子供をもって、両親はどう思ったのだろう。私は今まで何をしてきたんだろう。


わけのわからない感情を抱き、私は自分自身を呪った。


私という奴は、本当に醜い生物だ。

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