12. ザンギ少女と帰宅
定食屋『
現在、
「こうして
二葉はどこか遠くを見つめて、懐かしんでいるようだ。
「まだ一週間も経っていないから、そんな昔の出来事じゃないだろ」
「確かにそうだけど、久保がデートに来てくれるとは思ってなかったし、そのときは久保との関係がこれだけ長く続くとは夢にも思わなかっただろうなーって思ってさ」
放課後の食堂で二葉と偶然出会った日からおよそ一週間。
最初は二葉のザンギ好きを隠す約束を交わしただけだったが、デートで振り回されたり、
しかも、それらの出来事はたった一週間という短い期間で起こっている。
だから二葉の気持ちは理解できる。
「現実って、本当に予想できないよな。どれだけ頭で考えたとしても、常に未来は考えた領域から外側の事象を選択しているようにしか思えない」
結果、良い方向に物事が進むこともあれば、悪い方向に進むこともある。
俺が二葉と出会った事象は、現在はどちらに向かっているのだろう。
「言いたいことは分かるけど、言葉のチョイスが理系っぽくてキモい……」
「理系だからな」
二葉は一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべて、言葉を続ける。
「けど、久保の言う通りだと思う。久保はぼっちだから私のこと相手にしないだろうなって思っていたし。話してみると意外と喋るから驚いちゃった」
「ぼっちと無口キャラはイコールじゃない。あと二葉が強引だから仕方なくだ」
「仕方なく、か」
二葉は強引なことを否定せず、俺の言葉を繰り返す。
ただ、本当に僅かな変化だが、二葉の表情が曇ったように見えた。
「何度も言うが、俺には友達は必要ない」
二葉に向けて、予め予防線を張っておく。
俺は一人でいるからこそ友達に縛られず気楽に生きていられる。余計な心配はしなくて済む。
気が付くと、隣にいたはずの二葉が数メートル後ろで立ち止まっていた。俺が振り返ると、二葉が口を開いた。
「私は……」
少しだけ俯いて、スカートを両手でぎゅっと握っている。
頭の中で必死に言葉を選んで、何かを伝えようとしている。
けれど、二葉がどう思っていようと他人の俺には関係ない。二葉は友達でも、ましてやそれ以上の関係でもない。
だから二葉が次の言葉を発する前に、俺は発言する。
「……置いていくぞ」
二葉に背を向けて俺は再び歩き出す。
「あ、待って、久保」
二葉は後ろから駆けてきて、俺の隣に並んだ。
夕方で冷たい風が吹いているのに、俺の手の内側はひどく湿っていた。
◇ ◇ ◇
二葉を連れて帰宅すると、リビングでソファに横たわりながらお菓子を頬張っているポニーテールがいた。
「あ、先輩、おかえりなさい。って、スーちゃんもいるじゃないですか。誘拐したんですか?」
「他人の家に不法侵入した奴に言われたくないな」
あと制服のままソファで横になられると、スカートの中が見えてしまいそうで色んな意味で心臓に悪い。俺の位置からは見えないけれど。
そこへ俺の帰宅に気付いて、キッチンからエプロン姿の
「
希乃羽が尋ねると、俺が答えるより先に二葉が自己紹介を始めた。
「初めまして、私は二葉
「あ、はい、初めまして。私は晃弥に妹の希乃羽です。いつも見た目から中身までダメな兄がお世話になってます」
二人は挨拶がてら、互いに固い握手を交わす。
「……一つだけ訂正させてくれ。俺は何もかもダメっていうほど致命的じゃない。ぼっちなだけだ」
「それがダメなんだよ……」
「久保は相変わらずね……」
俺は事実を述べただけなのに、何故か希乃羽と二葉の二人に冷たい眼差しを向けられた。訳が分からないよ。
「でも、晃弥が女の子を家に連れてくるなんて珍しいこともあるんだね。誘拐してきたの?」
「山吹と同じことを言うな。俺が罪を犯す訳ないだろ」
「じゃあ先輩はどうしてスーちゃんと一緒なんですか? 二人だけの濃密な時間を過ごしてきたんですか?」
「山吹はいきなり近寄ってくるな。そして変なことを言うな」
何で希乃羽と山吹はこんなにも高い関心を示しているのだろうか。無実なのに取り調べを受けている気分だ。
俺は年下二人を落ち着かせようと、質問に対する答えを簡潔に述べる。
「二葉に「絶対に久保の家に行かせなさい」と強く言われたから、断るのを諦めてやむを得ず連れてきたって感じだ」
「そんな言い方してないし。あと久保が真似するとキモい」
この場には俺の味方はいないのか……。
少なくとも言葉の上では違ったかもしれないが、二葉の心の中の言葉を適切に言い表したと思う。
事情を聞いてもなお年下二人は納得がいかないようで、
「でも晃弥がそんなにあっさり女の子を連れてくるとは思えないんだよね」
「先輩はスーちゃんといつの間にそんな関係になったんですか!?」
希乃羽は首を傾げ、山吹は驚きのあまりあたふたしている。山吹は絶対に勘違いしているな。
「山吹、俺と二葉は特別な関係じゃないぞ。今日は学校の廊下で偶然会っただけだ」
「では、先輩とスーちゃんはただの知り合いってことですか?」
「まあ、そうなるな」
二葉とは友達でもそれ以上の関係でもない。学校の食堂で知り合っただけの他人。
山吹の言う通り、「知り合い」と表現するのが妥当だろう。
山吹は心配なのか最後にもう一度だけ俺に確認した。
「先輩の言葉、信じて良いんですよね?」
「信じて貰わないと困るな」
山吹は俺の言葉を聞いて安心して、ほっと胸を撫で下ろす。どうやら俺の言葉を信じてくれたようだ。
ちなみに
「今日も
「久保とリオちゃんって結構仲良いのね」
などと小言で呟いていた。聞こえないように配慮していたと思うが、距離が近いので俺には丸聞こえだった。
◇ ◇ ◇
二葉と山吹を連れて、二階の俺の部屋へと案内する。なお、希乃羽は夕食作りのためキッチンへ戻った。
「久保の部屋って、思ったより綺麗なのね。ゴミは散らかってないし、本は本棚に綺麗に収納されているし」
部屋に入った二葉が全体を見渡しながら驚きの声を上げる。
一方、何度も訪れている山吹はまるで自分の部屋のように、迷いもなくベッドに腰かけた。
「もう山吹は
「先輩の部屋には慣れましたから。それに、あたしの部屋にはベッドがないので、ベッドを見ると座りたくなっちゃうんですよ」
「ベッドなら座るより飛び込みたくならないか?」
「さすがに先輩のベッドにダイブするのは失礼じゃないですか。先輩が許してくれるなら是非ともやりたいですけど」
「やめてくれ」
通販で買った安物のベッドだから、ダイブしたら壊れるかもしれない。寝返りを打つだけでギシッと鳴くほどの代物だしな。
「……で、二葉は何してるんだ?」
山吹と会話をしている間に、二葉はベッドの下を覗き込んで何かを探していた。デリカシーのない奴だ。
二葉は屈んだまま、顔だけ俺の方に向ける。
「久保ってさ、ベッドの下に隠してないの? 見た感じ怪しいケースすら見当たらないし」
何を探しているのかは明言していないが、何となく対象が分かる。ベッドの下に隠されるパターンが多いのは、男のコレクションくらいだ。
「ベッドの下にある訳ないだろ」
いくらベッドの下を探しても見つかる訳がない。というか、俺の部屋をいくら探しても発見できないだろう。
そもそも物体として持っていないから探すだけ無駄だ。
「面白くない」
つまらなさそうに二葉は立ち上がって、躊躇いなくポスッとベッドに座った。
「男の子の部屋に行ったら、絶対に薄い本を見つけて「ふ~ん、こんな女の子が好きなんだ~」ってイジろうと思ってたのにさ。せめて一冊くらい見つけやすいところに置いておきなさいよ」
「それやったら男子の友達に確実に嫌われるだろ。いつも二葉が休み時間に話してる六人の中に男子が二人いなかったか? あいつらに嫌われても知らんぞ」
二葉にとって友達は存在意義に近い。だから俺の言葉はある程度、二葉に効くはずだ。そう思ったのだが、二葉は迷わず口を開く。
「あの二人の家には行ったことないし、仮に行っても絶対にそんなことしない。久保だから見つけ出そうと思ったに決まってるじゃん」
二葉はいたずらっぽく笑う。
俺と友達の男子二人の扱いの差がひどすぎる。俺も同じ人間だから、プライバシーを守る権利は当然あるはずだ。
「あ、あの……気になることがあるんですけど」
遠慮がちにゆっくり手を挙げて山吹は、曇りない無垢な瞳で質問する。
「スーちゃんが探そうとしていた薄い本って何ですか? 聞いた限りでは男の子が大事にしている本のようですけど……」
心が汚れていない純粋な山吹を見ていると、どこからともなく申し訳ない気持ちが湧き出してくる。
「あー、えっと……」
山吹の隣に座っている二葉はどうしたものかと言葉に詰まり、すぐに目線を俺に向けた。
二葉の目が俺にどうにかしろと言っている。元凶のくせに自分で解決しないとは卑怯だ。
とはいえ、山吹の質問を無視する訳にもいかず、一応俺なりの答えを示す。
「……いずれ分かる」
この場で細かく説明して山吹に新たな世界を提示するより、将来自分で知る方が山吹のためだ。
二葉は「は?」みたいな目をしているが知らん。
「ところで、山吹は何しに来たんだ? ラノベはこの前貸したばかりだろ」
「いえ、今日は特に何か用があった訳じゃないです。帰りに希乃羽と一緒になったのでお邪魔していたら、先輩たちが帰って来たんです」
「じゃあ折角だし何かゲームでもして遊ばない?」
二葉の提案に山吹と俺は賛成し、三人で遊ぶことになった。
とは言っても、俺の部屋はラノベばかりで、見つかったのはトランプだけ。二葉は不満そうだったが話し合った結果、ダウトをすることになった。
「一応、ルールを確認するぞ。使うカードはジョーカーを除いた五十二枚。まず三人に均等に配るんだが、割り切れないから俺だけ一枚多くするか」
五十二は三で割ると十七と余りが一。必然的に三人の場合は一人だけ一枚が多くなる。
「それで、カードを出す順番を決めるんだが……ジャンケンで勝った順番で良いか?」
異論はないようで、二葉と山吹は頷く。
早速ジャンケンをしたところ、俺、二葉、山吹の順になった。
「ダウトは数字を順番に言いながら裏返しに出して、手札が最初になくなったら人が勝ち。二位はその時点で手札が少ない人だな。それで、順番にカードを出していくが、出すカードは言う数字と一致してなくて良い」
「嘘をつくってことですね」
「そうだな。当然、裏返しにしているからカードだけ見ても嘘か本当か分からない。ただ、嘘をついていると思ったら「ダウト」と宣言する。宣言されたらカードを表向きにして、言った数字と違ったらダウト成功。カードを出したプレイヤーが今まで出されたカードを手札に加える。逆に数字が同じで失敗したら、ダウトと宣言したプレイヤーが今まで出されたカードを手札に加える。だいたいこんな感じだな」
説明を一通り終えると、二葉が疑問に思ったのか、首を傾げた。
「二人同時にダウトって言った場合はどうするの?」
「確か、より早く言った人がダウトをかけたことになるはずだ。山吹は質問ないか?」
「はい、大丈夫です」
問題がないようなので、俺はケースからトランプを取り出してよくきり、三人に分けた。
手札を確認する。A、2、5、6、7、9、J、Qが一枚ずつ、3、4、8、10、Kが二枚ずつの計十八枚。二葉と山吹の手札はそれぞれ十七枚だ。
「始めるぞ」
そう宣言して、俺は一枚目を裏返しにして床に置く。
「イチ」
俺が出したカードはA。最初のうちは嘘をつかず、様子を見るつもりだ。
「ニ」
「サン」
二葉、山吹が数字を言いながらカードを出す。今のところ、誰もダウトを宣言していない。
早くも二周目。俺は嘘をつかず、4を裏返して出す。
「ヨン」
俺にダウトをかける人はいない。そのまま二葉、山吹へと続く。
「ゴ」
「ロク」
二人は変わらない様子でカードを出した。おそらく、まだ嘘はついていないと思う。
三周目に突入。手札に7はあるが、仕掛けてみるか。
「シチ」
「ダウト」
「まじか……」
上手くやったつもりだったが、二葉にダウトを宣言されてしまった。
俺はカードを表に向ける。書かれているのはK。つまり二葉はダウト成功だ。
「スーちゃんすごいです」
「すごくなんてないわよ。久保の嘘は分かりやすいし」
とか言いながら、二葉は満更でもない表情を浮かべていた。
しかし、これで俺の手札は二十二枚。しかも出されたカードをよく見ると、4と6の間にQが混ざっていた。
4は二周目に俺が出したカードなので、二葉は嘘をついてQを出したことになる。全く気付かなかった。
次のプレイヤーは二葉。何も置かれていない床に裏返しでカードを出す。
「じゃあ続けるよ。ハチ」
一周目、二周目のときと一切様子が変わっていない。二葉が嘘をついているかどうかは判断が難しい。
ならば、俺がダウトをかけるターゲットは自然と山吹に限られる。俺はじっと山吹を見た。
「せ、先輩、そんなに見られると出しにくいです……」
「いいから続けてくれ」
山吹は恥ずかしがっているが、これは勝負だ。負ける訳にはいかない。
「うぅ……きゅ、キュウ」
戸惑いつつカードを出したが、手札から選ぶ際に迷いがなかった。たぶん嘘ではない。
四周目。まずは手札を減らしたいので、嘘をつかずにカードを出す。
「ジュウ」
続いて二葉。
「ジュウイチ」
「ダウトです」
二葉はやはり変わらない様子でカードを出したが、山吹は何かを感じ取ったのかダウトをかけた。
二葉がカードを表向きにする。カードはJ。山吹のダウトは失敗だ。
「あうう」
失敗したのが相当ショックだったようで、山吹は見るからに落ち込んでいた。
それも無理はないと思う。二葉は嘘をついている素振りを一切見せないので、二葉に対するダウトは完全に賭けだ。
「では、いきますね。じゅ、ジュウニ」
「ダウト」
俺は山吹の目が一瞬泳いだのを見逃さなかった。これは嘘だ。
山吹がカードを表に向けると、思っていた通りQではなくKのカードが置かれていた。
「いきなり出せばバレないと思ったんですけど……」
「山吹は結構嘘ついてるの分かりやすいぞ」
「そ、そうなんですか」
山吹は床に置かれたKを再び自分の手札に戻した。
――と、こんな調子で、俺、二葉、山吹によるダウト決戦は進んでいった。
互いに何度もダウトをかけ、成功しては相手の手札が増え、失敗しては自分の手札が増える。
熱い戦いが繰り広げられた末、最終的には、
「よし、勝った!」
やはりと言うべきか、二葉の手札が最初になくなった。ちなみに二位は手札が十七枚の俺、三位は二十八枚の山吹だった。
「スーちゃん強いです。あたしなんて最下位でした」
「リオちゃんも頑張ってたじゃん。良い勝負だったと思うよ」
山吹が落ち込んでいるのを二葉は側に寄り添って励ましている。
「てか、久保。リオちゃんが可哀想だから負けてあげなさいよ」
「無茶を言うな。勝負で負けを目指す訳ないだろうが」
「何か三人で楽しそうだね。特に晃弥は女の子二人とお楽しみだったようで」
ふと部屋の入口から声がしたかと思うと、そこにはニヤついている希乃羽が立っていた。
「至って健全にダウトで遊んでただけだ」
「まあ、それは良いけど。夕食できたから冷めないうちに食べてよ」
希乃羽のその言葉で、今日の集まりはお開きとなった。
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