第51話 また会う日まで
相馬の父親が死んだ。その事実が流斗の心に重くのしかかる。
それは、流斗が相馬のことを友人であると認めているからだ。
だからこそ、相馬の精神状態が心配でもあるし、胸も痛む。
ノックをするのも忘れて士道の部屋へ駆け込むと、椅子に座って厳しい顔をした神崎士道と、虚ろな目をした武藤相馬がいた。
「相馬!」
思わず彼の名を叫ぶ。
相馬がなぜここにいるのか。
理解が及ばない。
「あぁ……流斗か……」
声をかけられて振り返った相馬の顔には、まるで覇気がなかった。
「今回の戦いで、父さんが死んだんだ……」
消え入るような声で呟く相馬を尻目に、流斗は士道に問いかける。
「どういうことですか! 今回の戦いで一体何があったんですか? どこの誰と戦い、一体どれだけ被害が出たんですか?」
「落ち着け。今回の戦いで、我々日本軍は、負傷者多数と死者数名を出した。相手は
噂には聞いたことがある。
少数精鋭で、国そのものを改革しようとしている魔術犯罪組織。
彼等はまず、この日本を治めている政府、ひいては日本軍の壊滅を試みている。
それが当面の目的であり、一般人に直接危害を加えていないが、戦いの火の粉は周囲にも降りかかる。間接的には無関係な人間を傷つけていることに変わりない。
「武藤譲治中佐は、途中まで俺と行動していた。作戦上、やむを得ず途中で別れたあと、あいつは《暁の光》の幹部と交戦し、敗れた。仇敵の名は、
A級――それは、犯罪者につけられる危険度を表す数値の一つ。
ただの軽犯罪者にランクがつくことはない。
ある一定の危険度を超えると、下から順に、C、B、A、A+、最大でS級。
S級の犯罪者など、今はこの世に存在しないのだが……
犯罪ランクがA級にもなると、その危険度の高さから、指揮権限のない兵長以下(兵長、上等兵、一等兵、二等兵)の軍人は、戦うことすら許されない。
それほどまでに凶悪で、強大な力を持つ魔術犯罪者。
「譲治はそいつと一対一で戦い、相手に深手を負わせることに成功したが、最終的には奴の電撃を浴びて死んだ。だが、譲治のおかげで八雷が率いる《暁の光》のメンバーは後退し、今回の戦いは幕引きとなった」
「じゃあ、相馬の父親が、その八雷って男に痛手を与えていなければ、今日の戦いはもっと激化していたかもしれないってことですか?」
「そうだ。だから今回は、譲治のおかげで《暁の光》を退けられた」
士道の顔は険しかった。譲治の死を深く後悔しているのだろう。
「僕は日本軍に入隊するよ」
部屋の隅でうつむいていた相馬が、おもむろに口を開く。
「ちょっと待てよ。お前、学校はどうするんだ? そもそも軍には十五歳からしか入隊できないはずだろ。それにまだ、父親の葬儀も済ませていないじゃないか。決めるなら、もう少し考えた後でもいいはずだ」
「退学はしない。籍だけ残して、不登校扱いで中卒の資格だけもらうよ。前から僕は早く軍人になりたかったしね。本当は軍に入って父さんの手伝いをしたかった。父さんと一緒に働きたかった。父さんと一緒に世界をより良い方向に導きたかった。でも、父さんはもうこの世にいない。だから、僕が代わりに、《暁の光》を殲滅しなくては……。正義を貫き通さなければならない!」
相馬は自身に言い聞かせるように語った。
「そんなこと、できるんですか?」
流斗は横目で士道に尋ねる。
「武藤譲治大佐の部下――
士道の言葉が途切れると、意を決したように相馬が口を開いた。
「だからね、流斗。今日はお別れを言いに来たんだ」
相馬の顔には依然として覇気がなかったが、その目には何か底知れぬ強い決意を感じさせた。父一人、子一人で育った相馬にとって、譲治の存在は大きかっただろう。
「僕は日本軍に所属して、《暁の光》を……いや、それだけじゃなく、すべての魔術犯罪者を捕まえて処刑台に送る。それが父さんの子供として産まれた僕の義務だ」
相馬は拳を流斗に突き出す。
せっかくできた親友を、こんな形で失うことになるとは思わなかった。
流斗はゆっくりと、震える拳を相馬の拳に近づけていく。
少し前まで、半人半魔との《契約印》を浮かび上がらせていた、半契約者の拳を。
遥を守るために、違法である契約者への道に半分浸かったこの身では……
半人半魔との契約は違法じゃない。が、その先の《悪魔契約》に手を出さないとは限らない。遥を守るためなら、流斗は再びこの身を『悪』に染めることになっても構わないと思っている。だから、今度相馬と会うときは、もしかすると――
「僕たちは同じ志を持つ者同士だ。将来、必ずどこかでまた会う機会がある。そのときまで、お互いの拳を磨いておこう。親友の名に恥じぬように」
「……ああ、俺たちは必ずまた出会う。俺は姉さんを守るための力を身に付け、世界をより良い方向に変革していく。だから相馬、死ぬなよ」
流斗と相馬の拳が軽く触れ合い――そして、ゆっくりと離れた。
二人の繋がりを断ち切るように、それでいて心は繋がっていると信じて。
無言で士道の部屋から出て行く相馬。
背を向けた彼は、決してこちらを振り向かなかった。
次に会うときは、今度顔を合わせるときは、互いにもっと強くなってからだ。
「士道さん。実は今日、俺は半人半魔の女の子と――《契約》を交わしました。そのことについて話があるのですが……」
相馬が去った部屋に、流斗と士道のやりとりが、やけに寂しく響いた。
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