第50話 姉と従者

 ◇ ◇ ◇ 


 流斗との通話を切った神崎遥は、逃がした火口鉄平とのやり取りを思い出す。

 彼はこう言った。


『日向……いや、神崎流斗では、間木真一郎に勝てない。大切な弟なのだろう? 早く助けに行かなくていいのか?』


 対して遥が返した言葉は、


『いいえ、負けないわ。何があっても流斗は勝つ。だって、彼はいずれ私を殺してくれる人だもの』


 それを口にした遥の顔を見たとき、火口の顔は底知れぬ恐怖に歪んでいた。


『私、弟を甘やかすのは大好きなんだけど、弟子を厳しく躾けるのはもっと好きなの。あの子には、勝って、勝って、勝って、勝って、勝ちまくって、もっともーっと強くなってもらわなきゃ。私を殺せるくらい強くなってくれないと困るのよねぇ……』


 恍惚の笑みを浮かべる遥から、鉄平はなりふり構わず、すべてを捨てて死に体でなんとか生き延びた。全身にびっしりと冷や汗を浮かべながら。

 あの『悪魔』に捕まったら、間違いなくこの世のあらゆる苦痛を与えられた後に殺される。そんな思考が頭の中でぐるぐるぐるぐる、精神が壊れそうになりながら。


 ★ ★ ★ ★ ★ 


 紫苑と一緒に神崎家に戻ると、ちょうど遥も家に帰ったところだった。

 遥の制服はところどころ焼け焦げており、戦闘の跡が見て取れる。


「……はぁ。ちょっと……予想以上に汚いわね、あなた」


 脂ぎった紫苑の長髪と、煤けてボロボロになった奴隷服を見て、遥が言った。


「あなた、天枷紫苑だっけ? お風呂に入るわよ。一緒に。シンプルに汚いし臭い。その後、香織さんと一緒に色々お手入れしてあげる。良い素材が台無しで苛々するわ」

「……えっと、あの、わ、分かりました。その……ありが、ありがとうございます」


 紫苑が一度流斗に目配せをした後、ゆっくりと頷く。流斗が初めて神崎家に来たときのように、遥は半人半魔である紫苑にも優しく接してくれる。相変わらず心の広い姉だ。


「その間に、流斗は父さんのところに行って、話を聞いてきて」

「話?」


 遥は渋い顔で続ける。


「大事な話よ。結論から言うと、今回の戦いで、武藤譲治中佐――あなたの友人である、武藤相馬の父が戦死した」

「え……?」


 唐突に告げられた衝撃的な言葉。

 一瞬、遥が何を言っているのか分からなかった。

 否、頭では理解していた。ただ、感情がそれを拒んでいただけだ。


「じゃあ、姉さん。紫苑のことは任せるよ。女の子同士じゃないとできないこともあるだろうし。また後でな、紫苑」


 そう言うと、流斗は足早に士道のいる部屋へと向かった。






 ◇ ◇ ◇

 あとがき

 fate HF 観てきました。最高。

 自分も新人賞の投稿作に集中しようかな、と思いました。


 次回、第四章完。

 流斗の物語は一つの節目を迎える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る