第43話 七対一

 迷彩服を着た男たちの装備を素早く確認する。

 どうやらこの狭い屋内では、跳弾を避けて銃は使わない方針らしい。


 男たちは戦闘用ファイティングナイフ、ククリ刀、小太刀、ナックルダスター、戦槌ウォーハンマー等を有していた。その立ち振る舞い、重心の位置や構え、戦闘慣れした独特の雰囲気から、かなりの手練れだと推測する。


「おい小僧、貴様は何者だ? 外にいた二人の男とは、少々雰囲気が違うようだが」


 七人の迷彩服を着た男のうち、代表格と思われる男が問うてくる。

 彼も、流斗が放つ異様な『氣』に何か感じるところがあったらしい。


「軍人だ。ここにいる葉山裕司を確保し、囚われの奴隷を全員解放するつもりだったのだが……姉さんの推測通り、商人狩りが現れたか」

「商人狩り? というか、私を捕まえるのが本来の目的!?」


 後ろで葉山が猿のように喚くが、流斗はまったく意に介さず、目の前にいる迷彩服の男たちから一瞬の気も抜かない。


(葉山裕司。お前は自分が狩る側だと勘違いしていたようだな)


「軍人……ということは、我々の敵か」


 迷彩服の男たちが狭い屋内を上手く散開し、流斗を囲むことで視界の及ばない盲点を探し出す。この薄暗い空間を活かす策を練っているようだ。

 緊迫した状況を前に、流斗の中の暗殺者の血が騒いでいた。互いの命を奪い合う、刹那にして極限のやりとり。しかし、流斗はもう人を殺さないと遥に誓った。だから――――


「お前たちは、全員殺さず捕獲する」


 迷彩服の男たちの視線を集めるように、ゆっくりとおおげさに右足を宙に浮かす。


(――――強震脚きょうしんきゃく


 間を置かず、右腕と同時に右足を勢いよく振り下ろし、強く床を踏みつける。

 猛烈な衝撃。小屋内に激震が走り、轟音を立てて床が陥没した。


「……上だ」


 流斗の言葉に呼応するように、迷彩服の男たちが視線を床から上げたとき、いつの間にか宙に放り投げられていた、小さな筒状の物体が閃光を周囲にまき散らした。


閃光手榴弾スタングレネードか!?」


 迷彩服を着た男のうち、誰かがそう叫んだ。

 男たちの網膜を、強烈な光が焼き尽くす。


 強震脚で敵の視線を下に落としたのち、黒いコートの中から左腕で後ろ手にスタングレネードを宙に放っていた。その後、自分は下を向いたまま右足と一緒に振り下ろした右手で目を覆い、言葉で敵の視線を上に誘導させる。実に単純な技術トリック


 だが、迷彩服の男たちは見事なまでに、流斗の視線誘導に引っかかった。

 一時的に視力を失った迷彩服の男たちがうろたえている隙に、流斗は高速で動く。

 まず近くにいた二人の男、足の腱を二本の投擲用ナイフで斬りつけて断つ。

 そのまま二本の投擲用ナイフを、前にいた男にハンドルグリップで放ち、両足の太腿に深く突き刺した。


「これであと四人」


 瞬時に閃光手榴弾の光から目を隠した、残りの四人の男の視力が完全とは言えないが回復する。その中でもリーダー格の男はほぼ視力を取り戻していた。


(ミスディレクションに引っかからなかったか)


 多対一でもやることは変わらない。

 目だけに頼らず『氣』で全体を感知し、敵の仕草や呼吸、目の動き、重心の位置、影と微細な音、意識を戦闘に集中させることで感覚を研ぎ澄まし、あらゆる情報から敵の動きを先読みし行動する。高次元の戦闘になると、目で見てからの反応では遅いのだ。


 コートの裾から取り出していたワイヤーアンカーを切り替え、隙をみて迷彩服の男の首に巻き付いけておいたワイヤーを引き寄せ、間接的に首を絞めることで気絶させる。


「あと三人」


 迷彩服の男が二人がかりでこちらに接近してくる。


「《前掃腿ぜんそうたい》」


 男の一人が放つ拳を低くしゃがみ込むことで躱し、流れるように円を描き右の足払いをかけた。男が体勢を崩したところへ、続けざまに屈めた膝を一気に伸ばし、その勢いを生かした右掌底を下顎にぶち込んだ。


「ぐ……がぁ……」


 短い悲鳴を上げて気絶する。もう一人の男が跳弾を無視して咄嗟に拳銃を抜く。

 今度は残った男の手首に、目にも留まらぬ速さで右手刀打ちをくらわせ、握っていた拳銃を叩き落とす。間を置かず、男の脇腹に左中段回し蹴りを決めた。


 さらに男が体勢を崩したところへ、ムエタイの《首相撲くびずもう》。

 両手を男の首の後ろに回して抑え込み、顔面に飛び膝蹴りを見舞う。


「ぶべぇ、ごぉうぉ」


 うつ伏せに倒れる男の背中に肘を振り下ろし、完全に意識を絶った。


(これで残すは一人……だが、こいつはちょっぴり厄介だ)


 いつの間にか、一足飛びで眼前に迫っていたリーダー格の男に対し、流斗は気を引き締める。しかし、他の男の相手をしていたせいで反応が追いつかなかった。


「我々の邪魔をするな」


 小さく零れたリーダー格である男の呟き。


 リーダーの《崩拳ほうけん》――強烈な縦突きを、腹部にもらった。

 猛烈な衝撃が全身を駆け抜ける。が、リーダーの《崩拳ほうけん》を食らう寸前に、流斗は『気血』を腹部へ巡らせ《剛硬鎧ごうこうがい》で威力を緩和していた。


 おそらく今、流斗の腹部を殴った男の右拳は、鉄に拳を打ち込んだような衝撃を受けているだろう。リーダーは咄嗟に左手に戦闘用ナイフを握る。その刹那――――


「――――《正貫突き》!」


 唸る剛腕。左手を引手にし、右足を前に出して腰に添えた右拳を勢いよく引き絞る。

 貫通力の高い独自の正拳突きで、戦闘用ナイフを握る男の腕を跳ね上げた。


 そのまま前に出した右足に引き付けるように左足を《継ぎ足》。

 全身に捻りを加えた《足刀蹴り》を男の顔面に叩き込む。

 顎を掠める鋭い擦過音。男は流斗の《足刀蹴り》を紙一重で避けた。


 交叉法カウンターで男は上段に構えた戦闘用ナイフを振り下ろし、流斗の右足を切り裂こうとする。後の先の理合い。

 危機を察知した流斗は、蹴り足を素早く引き寄せることで回避した。


「ガキ、なかなかやるようだな。常人なら今の一撃で確実に仕留められたものを」

「チッ、面倒な相手だな」


 絡み合う両者の視線。鋭利な刃物のように細められた眼光が互いを射抜かんとする。

 左右に鋭く振り回される男の戦闘用ナイフ。

 それを巧みに躱しながら、流斗は相手の隙を伺う。

 先に痺れを切らした男が、流斗の命を刈り取るために、戦闘用ナイフによる最速最短の突きを繰り出した。


「これで……死ね! クソガキ!」

「《交叉炎底こうさえんてい》」


 火の出るような一撃。張り手に近い、手のひらの手首付近で相手を叩く技。

 男の右ストレートを絡めたナイフによる刺突に合わせ、その外側から左掌打を放つ。

 両者の腕が交差して、互いの攻撃が相手の命を狙って迫る。


 流斗は首の動きのみで、ナイフによる刺突を避けた。

 頬から一筋の血が流れ、赤い雫となって床に垂れる。

 そして。流斗の左掌打を見切ることのできなかった男の顔面に、張り手が勢いよくめり込んだ。衝撃が頭蓋を突き抜け、男は頭から背後に倒れる。


 ――勝った! そう思った瞬間、視界の端で先程両足の太腿にナイフを突き刺した男が立ち上がり、檻の中の奴隷たちに拳銃を向けようとしている姿が映った。


「なっ、あいつ! 《神経加速アクセル》」


 運動能力、反射神経、動体視力、思考力、判断力等が、通常時の二十倍にまで跳ね上がる。流斗の目に、男の挙動がゆっくりと流れるように映り込む。


 男が銃の引き金に指をかけるよりも速く、流斗はベルトに付いたホルスターから愛銃のスチェッキン・マシンピストルを取り出し、男の右肩に黒い銃弾を撃ち込んだ。

 高速で射出された弾丸は黄金色の空薬莢を宙に舞い上げる。


「ぐっ、があああああっ!」


 男は悲鳴を上げ、握っていた拳銃を床に落とした。


「うるせぇぞ」


 スチェッキンの引き金に指をかけたまま見渡し、流斗は意識のある男たちを威圧する。自然と周囲に張り巡らせていたワイヤーを収束した。


「よし、制圧完了! やったよ姉さん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る