第44話 姉=最強
多くの廃ビルがそびえる寂れた場所に、神崎遥は悠然と立っていた。
実父である神崎士道とは、現在別の任務に当たっている。あくまでも軍の手伝いをしている遥と、『中将』を務めている士道とでは、割り当てられる仕事が違うのは当然。
星ひとつない闇夜の空を、遥は魅入られたように見上げている。
広がる宙の暗黒に手を伸ばした。別に何かを掴みたかったわけではないが、心とは別に体が勝手に動いていた。
視線を下に向けると、遥の重力操作の魔術によって、大勢の人が上から強烈な圧迫を受け潰されていた。高重力により血管が破裂して、全身から血を噴き出している者もいる。酷い人はトラックで引かれたかのようにぐちゃぐちゃだ。
「つまんない。退屈だわ。あ~、私って強過ぎるのよねぇ~。殺したりなぁい」
「……だろうな。こんな下っ端相手じゃ、お前さんの相手は務まらねぇだろう」
ゆっくりと振り返る。背後にある崩れた瓦礫の上に、目付きの悪い男がいた。
背は遥より十センチは高く、176センチほどだろうか。
灰色の外套の上からでも鍛え込まれていることが分かる肉体。燃え盛る炎のように赤い髪の毛を、整髪料でライオンの縦髪のようにツンツンと立てていた。
「誰かしらぁ? これはお姉ちゃんうっかり。も~私ってばドジなんだから~。そうだ、今度はドジっ子路線で行こうかしら。普段はしっかり者の姉が自分にだけ見せるだらしない姿。うん、そそるじゃない? あ、まだ生き残りがいたのね。殺さなきゃ」
「オレの名前は
「『暁の光』……それなら犯罪者ね。あなたたちの目的は何かしらぁ? 見たところ、あなたは私と大して変わらない高校生って感じだけど」
「『暁の光』は実力主義なんだよ。だからオレみたいなガキでも組織に入れてもらえる。と言っても、オレはまだ下っ端を少し超えたくらいの雑兵だけどな」
「頭が悪そうな見た目の割に、きちんと自分の立場を理解しているのね。偉いわ。それなら、これから自分がどういう運命をたどるかも、ちゃあ~んと理解しているわよねぇ」
「ノンノン。まぁ待て。戦う前に提案がある」
火口が手を前に突き出し、人差し指を左右に揺らしながら、遥の言葉を遮る。
「何よぉ、さっそく命乞い? 見逃してあげないわよ。あなたはミンチになるの」
「神崎遥――お前、『暁の光』に入らないか?」
「それなら聞くけど、あなたたちの目的は何かしら?」
「国家転覆」
「……はぁ。それじゃあテロリストということね。日本とまともに戦って、勝ち目があるとでも思っているのかしら?」
遥は馬鹿にするように、軽くため息を吐いた。
「ならば聞くが、神崎遥。お前はこの国の形を正しいと思っているのか? 政府は独裁政権だ。上の人間が下の人間への激しい搾取を繰り返している。それが原因で、少しずつ国民に不満が溜まっていき、各地で魔術による犯罪が横行している。その烏合の衆でしかない魔術犯罪者たちを教育し、明確な意思と目標を持った組織として構成したのが、『暁の光』のリーダーだ。オレたちは日本政府……もとい日本軍を相手に戦い、本当の自由を取り戻す。そしてこの国を再び繁栄させる。そのためには悪をなして巨悪を討つ、それぐらいの覚悟が必要となる。まぁ、リーダーの真意は別にあるのかもしれないがな」
火口は真剣な顔をすると、茶色い瞳で遥の目を真っ直ぐに射抜く。
「当面の敵は日本軍だ。オレたちと世界を変える力が、お前にはある!」
「話が長い。断るわ、馬鹿馬鹿しい」
「おいおい、即断かよ。そうかぁ、上にお前を勧誘してこいって言われてんだけどなぁ」
火口が頭の後ろをガシガシと掻きながら残念そうに呟いた。
ニヤついた顔を引き締め、目付きを鋭くして囁くように口説く。
「ウチなら、お前が知りたい『真実』も、その『望み』も叶えてやることができるぜ」
「…………なぜ、そのことを知っているのかしら」
遥の纏う空気が冷たいものへと変わる。吹き荒れる突風。広がっていく圧倒的なまでの支配者のオーラ。迸る魔力の波動。相対するだけで冷や汗が浮かぶ圧。
場を強大な魔力と禍々しい殺気で覆い尽くし、火口の逃げ道をなくした。
「悪いけど、私は『暁の光』に入らない。そう、あなたの上司に伝えてほしかったのだけど。残念ね、あなたはここで殺さないといけないみたい」
両手のひらから生まれる、巨大な《重力弾》。空気が歪み、生き物のように蠢く。
「いやー、オレもこんなところで死にたくないんでね。お前とは絶対戦いたくねぇよ。命がいくつあっても足りねえ。それじゃあ、ちっとばっかし全力で逃げさせてもらいますわ」
火口がそう言うと同時に、廃ビルで覆われた辺り一帯は火の海に包まれた。
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