第42話 運命の出会い
◇ ◇ ◇
任務用にもらった大金を、奴隷商人の男――葉山裕司と名乗る人物に見せ、表に立つ筋骨隆々としたガードマンの二人の横を通り抜け、多くの奴隷たちが囚われているキャンピングカーのような小屋に入った。
中からは酷い汚臭がする。どうやらここにいる奴隷たちは、まともな飯を食わせてもらっていなければ、排泄行為すらもおざなりな扱いを受けているらしい。
(せめて掃除ぐらいしてやったらどうだ。商品の管理もまともにできねぇのか)
心の奥で沸々と怒りが煮え、今この瞬間にも葉山を殺して、すべての奴隷たちを解放したい気持ちになるが、頭の隅で遥の笑顔を思い出すことでなんとか自重する。
ただ葉山を殺すだけじゃあ、なんの解決にもならない。
(ちょっとでも油断すると、今でもこうしてたまに暗殺者の血が騒ぐ。己の内に眠る暴虐な本性を引きずり出そうとしてくる。殺したくてたまらない気分だ)
ここにいる奴隷たちの安否の確認と身元の照合。葉山から彼と繋がりのある違法な奴隷商人の情報と、その顧客情報を引き出すことが今回の依頼。
(どうやら顧客たちが来る前に到着したようだ。この状況が優位に働くか? 否、機転を利かせて優位に働かせる)
囚われの奴隷たちは皆、遥に助けられる前の流斗のような目をしていた。
もしかすると、自分が行き着く先もここだったのかもしれない。
「どのような奴隷をお探しで?」
辺りに目を這わしていると、葉山が体の前で手を揉みながら尋ねてきた。
こちらが金を持っていると分かった途端に媚びた態度を取ってくる。変わり身の早い男だ。そういう人間が、この市場ではのし上がっていくのだろう。
「そうだな……若い奴隷が欲しい。二十歳以下の活きの良い奴だ」
「なるほど、それでしたら……」
葉山は少し奥に進み、筋肉質な男を紹介してきた。その男は囚われていても力は衰えていなさそうだ。なぜ脱出しようとしないのだろうと思ったが、その男を縛る鎖の両足の部分に鉄球が嵌められているのを見て、すべてを察した。
「うーん、できれば男じゃなく女がいいな」
流斗は奥のほうに女が多いのを確認し、葉山に告げた。
「愛玩用でしたか。ですが、これより奥にいる奴隷たちは少々値が上がります。懐事情は大丈夫ですか?」
「心配ないさ。ちゃんと良いものを見せてもらえれば、それに見合う金は出す」
流斗の答えを聞き、葉山はガキのくせに異常性癖を持っているのか……将来が末恐ろしいな、という眼差しで一瞥し、さらに奥の空間へと誘導する。
奥に進むと手前にいた奴隷たちと異なり、ある程度身なりの整った女が囚われていた。とはいえ、髪や体は一定の清潔さを保っているだけで、その身はボロボロの薄い布きれを着せられ、尊厳の奪われたみすぼらしい姿だった。
半裸の女、というよりまだ少女の奴隷たちを、脳内に記憶している奴隷狩りにあった人物と照合していく。――――間違いない。スラム街で連れ去られた少女たちだ。
記憶能力が異常に高い流斗が、ここにいる奴隷たちの姿をあらかた脳内にインプットし終えたとき、小屋のさらに奥から微かに音がした。変わった生き物の気配がする。
(これは……人、か?)
不思議な『氣』を放つモノに興味を惹かれ、葉山を無視してさらに奥へと進む。
「ちょ、そっちは――」
葉山が焦りを見せるがもう遅い。流斗の足はすでに小屋の最奥まで到達していた。
「っ……こいつ、は……!」
その光景に思わず流斗は目を見張る。他の奴隷たちも鎖で繋がれていたが、あれは肉体を繋ぐというよりも精神を繋ぎ、心を腐らせて檻に閉じ込めている感じだった。
しかし、目の前にいる少女の扱いは明らかに違う。
他の檻よりも明らかに強固なものに、長い間手入れのされていない長髪の少女が、頑丈な鎖で両手両足を固定されており、目を瞑ったまま暗い表情でうつむいていた。
さらによく視ると、彼女の四肢は、数百キロは超えるであろう鉄球で繋がれている。
よっぽど葉山はこの少女を恐れているのだ。
「なぜこの少女だけ厳重に拘束されているんだ?」
「いえ、あの……それは、こいつは半人半魔なんですよ」
「半人半魔、だと?」
流斗の目が鋭く細められる。半人半魔、その存在は知っていた。
実際にこの目で見るのは初めてだ。見た目はなんら人間と変わりない。
「半人半魔は悪魔の力を使えるだけで、本質は人間と何も変わらないんでしたよね?」
「我々人間とは肉体の構成からして違いますよ。『魔力神経』も異常に太いし」
(つまり、精神的には……心は人間と同じということ)
だったらこいつも保護対象だ。自分が守るべき民のひとり。
相手が半人半魔だからといって、他の人間のように差別するつもりはない。
そもそも自分自身、遥に救われるまで暗殺者だったのだから。
「悪魔に対する恨みをこいつにぶつけたい気持ちはよく分かります。とはいえ、サンドバックの代わりにしては、この紫苑は高額ですよ」
「……俺にそんな趣味はない。ところで、紫苑というのはこいつの名前か?」
「そうですよ。じゃあなんですか? 性の捌け口としてこいつを買うのはやめたほうが賢明ですよ。今は鎖に繋がれて大人しくしていますが、こいつは自分の体を触られるのを極端に嫌う。愛玩用の女にもなりません」
「悪いがそんなつもりもない。……おい、お前。ちょっと顔を見せろ」
目を閉じ、うつむいていた紫苑が、長い髪の隙間からこちらを見た。
「…………んっ……そう。あなたは…………そうか、よかった……」
長い黒髪の隙間から、エメラルドグリーンに輝く綺麗な瞳が見える。
檻の中の少女――紫苑は、こちらを見るだけで、流斗がどんな人物かおおよそ理解したようだ。凄まじい観察眼と感性を持っている。異常なほど察しが良い。
まるで、他人の思考を読む力でも持っているかのようだ。
「それで? あらかたここにいる奴隷は見せたつもりですが、結局あなたはどの奴隷を買っていくのですか?」
葉山が急かすように尋ねてくる。
もうすぐ本格的な奴隷売買が行われるからだろう。
そのとき、流斗は森の奥に複数の人間の気配を察知した。
暗殺者をやっていたときに身に付けた高等技術。
流斗は人の気配を察知する能力が以上に高い。
かいくぐることができるのは、神崎遥のような『超越者』のみ。
「そうだな。俺が買うのは、ここにいるすべての奴隷と、お前の持つ顧客情報だ」
「……はぁ? 何を言ってるんだ」
眼球内を小さな虫が這うように、ズズッと目つきが切り替わり、全身に禍々しい殺気を帯びる。そして己を中心に半径五百メートル程の不可視の円が広がる感覚。
(……敵は六……いや、気配を断つのが上手い奴がいる。……七人か)
「おいガキ! お前、人の話を――」
「代金はお前の命だ。お前の命を守る代わりに、お前の所有物すべて頂く」
「だから何を言って――」
葉山の言葉が終わらないうちに、小屋の扉が勢いよく蹴破られた。
迷彩服を着た軍人風の男たちが、流斗の予想通り七人入ってくる。
「なんだこいつら!? おい! 表のガードマンはどうしたぁ?」
「死んだよ。これでお前を守れるのは俺だけだ」
不敵な笑みを浮かべる流斗に、葉山はただただ困惑するばかりだった。
(これだから状況を飲み込めないズブの素人は。さて、どうするかねぇ……)
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