第41話 半人半魔の少女
薄暗い森の奥に二台の、馬車ともキャンピングカーとも言えぬ形をした、大きな車輪の付いた小屋のようなものがあった。
室内にはたくさんの檻があり、檻の中には多くの奴隷たちが収監されている。
彼等は、かつて流斗が過ごした『スラム街』で、奴隷商人の連れる邪悪な魔術師に奴隷狩りにあい、無理矢理頑丈な鎖で繋がれて荷物のような扱いで運ばれてきた。
これから一部の富裕層に向けて、密かに奴隷売買が行われる予定になっている。
目的地に到達したのか、奴隷たちを乗せた車は動きを止めた。
扉が開き、今からここにいる奴隷を売り出そうとしている商人、
およそ半刻……一時間後には、ここでオークションが始まる。
静かで人通りのない暗い森は、人間の魂を捨てた魑魅魍魎とでも言うべき悪党共の人身売買、それを執り行う醜悪な会場となるのだ。
葉山は縦にも横にも広い車内を歩き回り、奴隷たちの鮮度を確認していく。
どいつもこいつもその目は濁っており、まるで覇気を感じられなかった。
満足のいく成果だ。
スラム街で狩りをしてから『商品』として売り出すとき、葉山は一ヵ月以上かけて奴隷たちを調教し、自分や、買い取って頂いた新たなご主人様に抵抗しないよう、徹底的に精神的にも肉体的にも痛めつけ、絶望を味わわせる。
奴隷が主に逆らえばどうなるかを、身をもって叩き込む。
色々とコツがあり、あまり身体を傷つけると、女の奴隷は商品としての価値が下がるので、奴隷の調教もなかなかに疲れるし大変なことなのだ。その分、儲けは期待できるが。
最初は喧しかった奴隷たちも、もはや声を上げることもなく、事の成り行きを黙って過ごしている。それはもう、自分の人生を完全に諦めている目をしていた。
だが、彼等が真に苦しむのはこれから先の話だ。
自分を買い取ったご主人様が変わった性癖を持っていれば、彼等は死よりも苦しい地獄を見ることになるだろう。いっそ殺してくれと泣き叫ぶ者も出てくるに違いない。
そもそも奴隷市場は表の社会にも合法的に存在している。だから、買取り主がただの労働力やお手伝い、純粋な愛玩動物として求めているのであれば、こんな薄暗い森の奥で開かれる違法な奴隷売買の会場に足を運ぶことはない。
つまり、これからやってくる買取り主に、まともな神経を持った人間はいないのだ。
葉山はすべての奴隷の存命を確認し、そういえばもう一人――『あいつ』がいたなぁと思い、足を小屋の一番奥へと運ぶ。
そこには、他の奴隷たちよりもずっと強固の檻の中に、少女が両手両足を鋼鉄の鎖で繋がれ地べたに這いつくばっていた。両足には鎖の先に数百キロを超える枷が付いている。
「よぉ、紫苑。元気にしてるか?」
問われた少女は、脂でベタついた黒い長髪の隙間から、無言で葉山を睨む。
暗闇の奥でギラギラと光る鋭利なエメラルドグリーンの眼。
目付きさえ悪くなければ、上物の宝石のような美しい瞳だ。
おそらく眼球愛好家にも高値で売れるだろう。
「怖いねぇ。そう睨まないでくれよ。別に危害を加えるつもりはないからさ。ただ、お前が妙なマネをしようってんなら、話は別だがな」
そう言って、葉山は自分が歩いてきた他の奴隷たちが囚われている檻を振り返った。
「どうせ今日もお前は売れ残るだろうよ。運よくお前を捕まえたときは大物だと思ったんだが、『半人半魔』の扱いがこうも難しいとは思わなかったぜ」
半人半魔。
またの名をハーフデビル。
文字通り、半分人間であり、半分悪魔。人間と悪魔の間に産まれた最悪の子供。
すでに悪魔の進行が止まったこの世界ではかなり珍しく、その存在は貴重でありながら、人類の憎悪の対象でもある。
外見は人間とそっくりだが、悪魔の力を解放して『悪魔化』すれば、その背に漆黒の翼を生やすことだって可能だ。力の強さや引き継がれる異能は、各半人半魔によってだいぶ異なるので、半人半魔とはこういう種族である、とは一概に言えない。
ただし人間とは明らかに作りが違うし、彼等が人々から嫌悪されているという事実だけは、たぶんこの世界が終わりを迎えるまで変えようがないことだろう。
「すみませーん、奴隷の買取りに来たんですけどー」
車の外から唐突に少年の声がした。また随分と若い声だ。
ガキがなぜこんなところに、と思いながらも、葉山は紫苑を無視して表に出る。
「悪いが取引はまだ先だ。つーかお前、どこからここの情報を掴んだ? 生憎ここは
目の前に立つ、自分より十センチ以上低い小柄な少年を脅すように言う。
しかしその少年はまったく怯む様子を見せなかった。目を背ける気配すらない。
それどころか、長く奴隷商人をしている葉山よりも、濃厚で邪悪な闇の匂いがする。
そしてなにより、その少年は黒かった。
長い前髪も黒、子供のくせにどこか達観したような凄みを感じさせる瞳も黒。
さらに全身を裾がボロボロな灰色がかった、裏地が濃紺な黒いコートで包み、手には焦げ茶色のグローブを嵌め、足には黒い
「いいのか。そんな態度で。こっちは客だぜ。金ならある。ここにいる奴隷を見せてくれないか。活きの良い奴がいれば、是非とも買わせて頂きたい」
黒い少年がコートのポケットから、平然とした顔で大量の札束を取り出した。
「おいおい、マジか……」
なぜこんなガキがこれほどの大金を持っているんだ、と訝しながらも、金さえ持っているのならそいつは客だ、とその漆黒の少年――神崎流斗を奥の空間へと招き入れた。
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