第四章 囚われの半人半魔と契約者

第40話 夜に駆ける

 ※第四章を書くにあたり改稿が入りました。

 お手数をおかけしますが、前回の39話の末尾をお読みください。

 20000PVありがとう!? Σ(゚Д゚)


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 西暦2072年12月某日。

 冷たい風が頬を撫でた。季節はもう冬になる。

 今にも雪が降りだしそうな寒さだ。真っ黒いペンキで塗り潰したような冷たい空を、月だけが黄金の光で地上を照らし、その存在を強く主張していた。


 御園学園で、神崎(日向)流斗と宝条院椿姫が引き起こしたあの激戦から、すでに三か月以上経過している。その後のクラス代表戦では、流斗のサポートもあり椿姫は難なく二年生の部で優勝を果たした。そのまま椿姫は学年代表として一年生代表者と戦い、実力の差を見せつけて勝ち上がり、見事決勝戦まで進んだ。


 しかしその最終戦で、三年生代表にして、御園学園中等部現徒会長に敗北を喫した。


 椿姫は生徒会長に負けはしたものの、戦いは非常に拮抗しており、生徒会長も椿姫の実力を高く評価していた。来年の生徒会長は、宝条院椿姫が務めることになるだろう。





 ――――現在。

 神崎家の大きな門の前で、流斗は真っ黒い戦闘服に身を包み、静かに立っていた。

 闇夜の中にその格好でいると、その場の情景に紛れ込んで、はっきりと姿が見えない。


 流斗の隣には、彼の義姉である遥も黒っぽい高校の制服姿で並んでいる。

 真っ黒な戦闘服は、椿姫との戦いでコートの裾が裂けて焦げ、あちこち痛んでいた。流斗はこのほうが使い古した感があってしっくりくる、と思うことでなんとかこの惨状を誤魔化している。そろそろ姉さんにおねだりして新しく作ってもらおうかと画策中だ。


「もう一度だけ言うわね」


 こちらの顔の横から、遥が確認するように声をかけてきた。


「私に緊急の依頼が入って、本来受けていた依頼をこなせなくなった。その本来の依頼とは、政府の目を盗んだ違法な奴隷売買。それをしている者の粛清」

「政府公認で奴隷の売買なんてものが行われている。だが、そこにもルールがあり、それを破ったものは犯罪者となる、だっけ?」

「でもそれも曖昧で、要は政府の利益になるものは許可され、それ以外のものが犯罪と見なされているだけなのだけど」

「六十年前の人類が聞いたら呆れる制度だ。相変わらず上層部は腐ってやがる。それに加担している奴等も同類だ。然るべき裁きを下さなければならない。ルールの元に」

「それを言ったら、軍属の私たちも加担者になってしまうわけだ」


 悪魔の襲撃が世界に及ぼした悲劇は大きい。この世界は酷く歪んでいる。


「大人しく政府の命令に従うのは癪だが、奴隷商人に捕まっている人たちを見捨てるわけにもいかない。今回は奴隷を売り買いする側ではなく、助ける側だ。その許可も下りている。であれば、なんの愁いもなく無辜な彼等を救うことができる」

「一人でなんて少し不安なのだけど、あなたに任せてもいいかしら?」


 小首を傾げながら心配そうに尋ねてくる。

 依頼が成功するかどうかが不安なのではなく、自分のことを心配してくれているのは、慈愛に満ちた目を見ればすぐに分かった。いついかなるときも優しい姉である。


「任せてよ。俺に頼ってくれた姉さんのためにも、依頼は必ず遂行する」

「気を付けるのよ。この依頼にはまだ裏がある。今回の依頼は一人でこなすには少し荷が重いかもしれない。ピンチになったら迷わず離脱して。命大事に行きましょう」

「……分かった。でも姉さんこそ気を付けてくれ。緊急の依頼ってことは、かなり切羽詰ってるんだろ?」

「らしいわね~。『中将』である父さんにも召集がかかっているみたいだし、ちょ~っとばかり大変そう。まったくもって面倒だわ」


「はぁ」とため息を吐きながら、気怠そうに笑った。

 余裕そうな彼女の顔を見ていると安心できる。

 鈴を転がすような声を聞くと心が落ち着く。

 遥のことを思い浮かべるだけで、世界は色鮮やかに輝いていく。


 二人は絶妙なタイミングで互いの目を合わせ、鍛え抜かれた拳を軽くぶつけ合った。


「よしっ! じゃあ、また後で会いましょう、流斗」

「ああ。こっちは任せてくれ、姉さん」


 そう言い残し、遥は流斗の元を速やかに去った。

 自らも遥に渡された端末デバイスで目的地を確認しながら移動を始める。


 ここ数ヶ月で色んな人に出会い、成長することができた。

 神崎遥、神崎士道、立花香織、灰原弾、武藤相馬、宝条院椿姫、その他大勢の人たちと関わることで、自分は変わることができた。


「俺は生きる理由を見つけた。やっと自分の存在を肯定することができた」


 流斗の『夢』は、遥と一緒に少しでもこの世界を良くすることだ。まだまだこの世界は、過去の流斗のように悲惨な運命を背負う人たちで溢れている。それを今度は流斗が救うのだ。世界を良くしていこうと思う、同じ志を持った武藤相馬という友達もいる。


 だから、これから世界はもっと良くなっていくはずだ。


「俺の力にも何か意味がある。この力で姉さんを守れるのなら、俺は――」


 絶望が溢れた世界で、少年と少女は愛を求めて生き続ける。


「……姉さん、俺はあなたを守る。ずっと、永遠に。例えこの命が尽きたとしても。守りたい大切なあなたがいなければ、俺はひとりぼっちの世界を彷徨うだけだから」


 遥を心の底から愛することによって、自らの価値をようやく見出した。

 彼女と一緒ならどこまでもいける、流斗はそんな気がしていた。

 しかし、それでもこの世に永遠なんてものは存在しない。何事にも終わりがある。


 どんなに大切なものも、どんなに大切な時間も、いつかは終わってしまうのだ。

 そのときが確実に近づいていることを、彼が知る由などなかった。

 この世界はそんなに甘くない。



 ◇ ◇ ◇ 



 郊外を抜けて森の中に入った流斗は、奴隷売買が行われている場所を鋭く見据える。

 その瞳は暗殺者独特のもので、光のない闇夜でも遥か遠くを見渡すことが可能だ。


「ふん……奴隷か。気に食わんな」


 昔。日向ひゅうが家に仕えてくれていた使用人も元は奴隷。父である日向陣が連れてきた人間だ。だから奴隷に関して思うところがあった。

 いつか彼等を救いたいと思っていた。理不尽に虐げられている人間を憐れんでいた。


 日向家に仕えていた彼女は、とても優しく美しい人だった。

 救いたい。そのチャンスが思っても見ない形で訪れたというわけだ。

 俄然やる気も湧いてくる。


「姉さん……この依頼、必ず成功させます。救いを求めている人のためにも! あなたのためにも! そして、俺自身がケジメをつけるために!」


 影が動く。薄暗い森の中を、流斗は漆黒のコートに身を包んで駆け出した。


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