第39話 この先の未来に

 好きな人ができた。こんな俺に優しくしてくれた女性ひと

 彼女自身は無意識のうちに、俺の心の中へ入って来た。

 でもそれは不快ではなく、求めていた手が伸びてきたようで。

 そんな彼女も意外なことで照れたりする可愛いところがある。

 様々な表情を見せる彼女が眩しくて、もっといろんな姉の顔が見たくて。

 だから俺は、何度だってこの命を賭けるんだ。


 あれから一週間経った。

 真っ黒いペンキで塗り潰したような空を、月だけがその光で地上を照らし、強く存在を主張している。流斗は神崎家の門前で、真っ黒い戦闘服に身を包み、厳かに立っていた。


 闇夜の中にその格好でいると、場の情景に紛れ込みはっきりと姿が見えない。

 隣には遥が高校の制服姿で並んでいる。真っ黒な衣装は椿姫との戦いでコートの裾が裂けて焦げ、あちこち痛んでいた。このほうが使い古した感があってしっくりくる。


「もう一度だけ言うわよ」


 横から遥が確認するような声をかけてくる。


「本当は。今日からあなたは私の補佐として働くわけだったのだけど、緊急の依頼が入って本来受けていた依頼をこなせなくなった。それは、政府の目を盗んだ違法な奴隷売買をしている者の粛清と拘束」

「政府公認で奴隷売買なんてものが行われている。だが、そこにもルールがあり、それを破ったものは犯罪者となる、だっけ?」

「そう。でもルールも曖昧で、要は政府の利益になるものは許可され、それ以外のものが犯罪と見なされるのだけど」


 やはり『悪魔』の襲撃が世界に及ぼした悲劇は大きい。


「大人しく政府の命令に従うのは癪だが、奴隷商人に捕まっている人たちを見捨てるわけにはいかない」

「うん。だから、初陣が一人でなんて不安なのだけど。流斗に任せてもいいかしら?」


 遥が心配そうに訊いてくる。依頼が成功するかどうかが不安なのではなく、自分のことを心配してくれているのは、目を見ればすぐに分かった。


「任せてくれ。姉さんのためにも、依頼は必ず達成する」

「気をつけるのよ。今回の依頼は一人でこなすには荷が重い。ピンチになったら離脱して」

「姉さんこそ気をつけて。緊急の依頼ってことは、かなり切羽詰ってるんだろ?」

「あはは。父さんにも召集がかかっているみたいだし、ちょっと大変そう」


 面倒くさそうに言う。だが、遥の余裕そうな顔を見ると安心できる。

 彼女の鈴を転がすような声を聞くと心が落ち着く。

 互いの目を合わせ、拳を軽くぶつけ合う。


「よしっ! じゃあまた後で」

「ああ! こっちは任せてくれ」


 遥は静かに流斗の元を去った。流斗も遥に渡された端末デバイスで目的地を確認しながら移動を始める。ここ数ヶ月でいろんな人に出会い、自分は成長したと思う。


 遥、士道、香織、弾、相馬、椿姫、その他大勢の人と関わることで、流斗は変わった。人殺ししかできないと思っていた自分の命に、こんな使い道があったのかと驚かされたものだ。流斗の『夢』は、遥と二人で少しでもこの世界を良くすること。


 まだまだこの世には、『日向流斗』のような人たちで溢れている。

 それを、今度は『神崎流斗』が救うのだ。同じ志を持つ仲間もいる。

 だから。これから世界はもっと良くなっていくはずだ。

 絶望と孤独の中で、少年と少女は愛を求めて生き続ける。


(……姉さん、俺はあなたを守る。ずっと、永遠に。例え、この命が尽きても……守りたい大切なあなたがいなければ、俺はまたひとりぼっちの世界を彷徨うだけだ)


 流斗は遥を愛することによって、自らを見出した。

 遥と一緒ならどこまでもいける。そんな気がしていた。


 郊外を抜けて森の中に入る。奴隷売買が行われている場所を鋭く見据えた。


(奴隷……か)


 昔、日向家に仕えていた使用人も、元は奴隷で父が連れてきた人だ。

 奴隷に関して思うところがあった。


 静まり返った森の陰で黙祷を捧げる。

 今まで出会ってきたすべての人に、感謝を込めて。


「姉さん……この依頼、必ず成功させるよ。救いを求めている人のためにも。そして何より、あなたのために!」


 漆黒のコートに身を包んだ少年は、薄暗い森の中を駆け出した。

 その行く末は、まだ誰にも分らない。






 to be continued…///




 ◇ ◇ ◇


 あとがき

 第四章連載決定!

『囚われの半人半魔と契約者』


 凶悪犯罪者VS軍属の元暗殺者。

 六月上旬より投稿開始。


 ◇ ◆ ◇


 5/30追記。第四章について。

 39話時点で作中時間が九月半ばになっていますが、次話の40話で季節が冬まで飛ぶことになりました。次話の冒頭で改稿が入ります。ご容赦ください。

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