第35話 呵責の連鎖

 椿姫の顔が絶望に染まり、焦点の定まらない瞳で不気味に呟き、歪に発狂する。


「わたくしが、わたくしがこんなところでぇッ! まだ負けられない! こうなったら、母さんから禁じられた『奥の手』で!」


 椿姫が足に絡みつくワイヤーを掴むと、ワイヤーに熱が伝わり燃え上がった。

 火が。ワイヤーを伝って流斗にも襲いかかる。


「――――燃焼魔術!?」


 体に火が燃え移る前に、ワイヤーをアンカーから切り離した。


 椿姫が脱臼しているはずの右肩を強引に動かし、右手のひらを流斗に向けて圧縮した火の弾を撃ち出す。流斗はそれを紙一重で避けるが、椿姫の追撃は止まらない。

 辺りに熱風をまき散らし、左右の手のひらからからデタラメに火の弾を放つ。

 幾つかは観客席に飛び込み、席を破壊し出入り口も壊れ、完全に塞がれてしまった。


「……なっ、なにこれ? と、止められない。制御できないっ!?」


 流斗と椿姫から離れた位置で激しい火柱が上がる。風と火の融合が、凶暴な破壊力を周囲にまき散らす。爆炎により焦熱地獄が顕現する。

 予備アリーナは、椿姫の負の感情による炎で地獄絵図と化していた。


「宝条院! なんとかしろ!」

「それが、私にも制御が――」


 すぐ側で強烈な火柱が上がり、流斗の体を焼き焦がし、派手に吹き飛ばした。


「ぐああああぁああ! ぁ……ああっ!」

『神崎、宝……院、試合…………を中止……ろ! どうな……てい――』


 予備アリーナの外から茜の声が流れるが、ザザッ、ザザッというノイズが合間に入ってよく聞こえない。どうやらスピーカーも壊れたようだ。

 吹き飛ばされた流斗は急いで起き上がる。体が灼熱の炎に包まれていた。


「……火。あ、ああぁあああぁあ、火ぃだあァぁああ!」


 辺りを見渡すと、戦闘フィールドだけでなく、観客席まで悲惨な状態になっていた。


「燃える……燃えていく、燃えている」


 脳裏にかつて、『日向家』が焼け落ちていく映像がよぎる。

 何もできなかった幼い自分。ただ、すべてが失われる光景を眺めているだけだった。


「あ、あああああ、あああああああうあぁっアアア!」


 頭を押さえながら、虫のような奇声を上げる。

 そうでもしないと気が狂いそうだった。


「あああっ、あ、頭が崩れるぅうウう」


 自分が炎に対してトラウマを持っていることに、今まで気づけなかった。


「……ざき! 神崎! 神崎、大丈夫か?」


 近くで誰かの声がしたような気がする。が、流斗の耳には届かない。

 幾度となくあのときの光景がフラッシュバックし、脳裏を燃え上がる炎が埋め尽くしていく。恐怖、憎しみ、怒り、悲しみ、後悔、絶望、あらゆる感情が溢れ、意識が混濁する。論理的思考が止まり、狂気が加速する。


「――火、は敵、だ。今度は。何も、渡さない。敵は……殺す。コ、ロ、ス」

 憎しみの発露は『炎』――。呵責かしゃくの連鎖が、流斗の身を憎悪に焦がす。


「俺が。あのとき、もっと強かったら……敵を殺せていたら、俺の家族は――」


 もう無力さを嘆くことはない。今は力を手に入れた。


(そうだ。俺なら殺せる! 以前とは違うんだよ! ははは。邪魔する奴は、鏖殺する)


「神崎! しっかりしろ! 早く彼女を止めないと、手遅れになるぞ!」

「助かって……いた。俺が、殺す。敵をコロス。敵は――殺すッ!!」


 暗く憎しみのこもった低い声が、予備アリーナに響いた。

 抑えきれない狂気が、怨嗟の炎が、黒い殺意となって滲み出る。

 修理され噛みあっていた歯車は、壊れた。

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