第36話 二人の友

 自分の中に別の自分がいる。そいつが敵は殺せと言っている。

 人生のすべてが嫌でたまらなかった。あらゆる人間が憎かった。

 何もかも。何もかもが。

 己以外のすべての生物にとって、自分は敵意の塊だったに違いない。

 好きなものなんて何一つなかった。義姉に――神崎遥に出会うまでは。



 ★ ★ ★ ★ ★



「クソが! 一体どうなってやがる!?」


 灰原弾は、観客席でクラスメイトの避難誘導をしていた。

 予備アリーナの出入り口は左右に二つある。二手に分かれたクラスメイトのうち、弾がいたほうの出入り口は椿姫の火の弾で破壊され、瓦礫に埋もれてしまった。


 となると、ここから脱出するには、反対側の出入り口に向かうしかない。

 観客席にも火の弾が飛んでくる。それに加えて火柱も次々と上がり始めた。

 危なくて身動きが取れない。常人が『あれ』に触れれば一発で焼死体だ。

 何人かの生徒で球状の、バリアのような《魔力障壁》を作り、少しずつ移動していた。


「――ったく、武藤の野郎は何をしに行きやがったんだ!」


 相馬は弾に「ここは任せたよ」と言い、戦闘フィールドに飛び込んでいった。

 弾が戦闘フィールドを見ると、風力を操って空中に浮遊している椿姫がでたらめに火の弾を放っている。その顔は絶望に歪んでおり、光を失った瞳からは涙が零れていた。


「チッ、どうやらありゃあ、自分の意思じゃあねぇみてぇだな。そんなら仕方ねぇ。誰かが止めてくれればいいが……。まぁ今は、オレの相棒を信じるしかねぇわなぁ~」


 反対側の出入り口を鋭く睨みつける。生憎とまだまだ距離はありそうだ。


「相棒も武藤も頑張ってんだ。なら! ここはオレがなんとかしねぇとなァ!」


 弾は自身の手で両頬を叩くと、気合を入れて眼前を見据えた。



 ★ ★ ★ ★ ★



 相馬は観客席から流斗の異常事態を察し、彼の元へと急いで駆けつける。


「炎……火だ、火は敵。……敵は、俺が、殺ス!」


 地の底から響いてくるような憎しみの声。

 業火の宿った瞳が、行く手を遮る相馬を串刺しにする。


「神崎、どうしたんだ!?」


 こちらの言葉を無視して、白目を剥いた流斗が襲いかかってきた。


「う、ガアァァァッぁあああああぁああ!」


 敵の首を毟り、引き裂くような、『死の打撃』が繰り出される。

 相馬は咄嗟に避けた。自分でも驚くほどに体が反応した。


「なぜ……僕を襲う!?」

「《気道潰し》」


 相馬の呼吸器である首の気道を狙って攻撃してくる。首をそらしてそれを避けるが、


「《斧刃脚ふじんきゃく》」


 斧を刃のように切り上げる動作で、ローキックを相馬の右脛に打ち込んできた。


「うっ! がっ……」


 思わず膝を曲げると、流斗の左拳がこちらの顔面を確実に狙ってくる。

 反射的に相馬は左前蹴りで流斗を突き飛ばした。


「がぁ……ぁ、ぁああ!」


 明らかに相馬の命を刈り取る『技』だった。そこには遠慮も躊躇いもなかった。

 ただただ効率良く、敵を死に至らしめるための動き。


「神崎? あのとき僕にとどめを刺さなかったキミが、なぜ……!?」


 流斗の顔を見ると、目は白目を剥いており、意識も定かではなかった。

 気を失ってなお、体に染み込んだ『武』の力がリミッターを外して暴れている。


「クソッ! 目を覚ませ、神崎ッ!」


 相馬は必死に呼びかけるが、流斗に反応はなく虚ろな目で迫ってくる。


「くっ――《旋風脚》ッ!」


 相馬は空中に飛び上がりながら一回転し、勢いのまま流斗の頭部に蹴りを入れた。


「があぁっ!」


 苦痛の声を漏らし、流斗は地面に倒れる。しかし肉体に刻み込まれた『武術家』の本能が受け身を取っていた。相馬はすぐさま押さえ付けるように、倒れた流斗の上に馬乗りになり、激しく肩を揺すって叫んだ。


「しっかりしろ! 『流斗』ッ!!」

「うゥ、ああァ、うああ、俺、俺は……」


 呻き声を上げる。徐々に意識が戻ってきていた。


「僕にキミを信じさせてくれ! 僕は、本当は! キミと友達になりたいんだ!」


 彼に意識がなくてもいい。相馬は流斗に話し続ける。内に秘めた想いを。


「……そうだ。僕もいつも一人で、どこかクラスのみんなと壁を感じていた。普通の生徒に、この歳で軍人になって、この国を良くしたいと思う人はいない」


 軍隊学校があるのは高校からだから。


「例え、もしそう思っていたとしても、僕の様に行動に移す生徒はいないだろう。そんなとき、神崎流斗。キミに出会った……」


 流斗の濁った瞳に、僅かな光が戻りはじめる。


「この学園で初めてキミのような人に会ったよ。僕にはそれがいい刺激になった。これからもクラスメイトとして一緒に過ごしたいと思った! だから――」

「――お前は……人様の上で、なぁ~に恥ずかしいことを言ってんだ?」


 流斗が相馬の下で引きつった顔をしている。その頬には少し赤みが差していた。


「……は? えっ? 流斗……。キミ、もしかして、意識が戻っている?」

「さっき戻ったよ。いいからどけ! 男とイチャイチャする趣味はねぇ!」


 勢いよくこちらの腹部を蹴飛ばしてくる。本当に遠慮がない男だ。


「何をするんだ! というか神崎、さっきは一体……?」

「なんか俺、過去の出来事で火がトラウマみたいなんだ」

「トラウマ? それで意識が混濁していたのか」

「悪かったな。でも、誰かさんが熱心に俺を呼ぶから目が覚めたよ。まぁ、ぶっちゃけ、後頭部を蹴られたのが決め手だったかもしれないけどな」


 わざとらしく笑う。現在進行形で、必死に精神の安定を図っているのだろう。

 どうやらまだ余裕はないようだ。


「神崎には、これからも僕の成長の糧となってもらわなければならないからね」


 相馬は照れ隠しに目をそらして言った。


「流斗」

「えっ?」

「流斗でいいよ。さっきそう呼んでただろ?」


 流斗がこちらの目を真っ直ぐに見て言う。

 あのときは切羽詰まっていて、彼のことを名前で呼んでいた。


「なら、僕のことも、相馬で構わない」

「了解」


 相馬は流斗と辺りを見渡す。時間が経つにつれ、予備アリーナの被害は増していた。

 空中には風と焔を纏った椿姫が浮遊しており、無差別に、それでいて機械的に火の弾を放ち続けている。これ以上放っておけば、宝条院椿姫の魔力は暴走する《魔力神経》にすべて食い尽くされ、やがて死に至るだろう。過度な魔力欠乏症によって。


「流斗、彼女をどうするつもりだ?」

「考えがある。ここは俺に任せろ」


 流斗を見る。

 その瞳はもう濁っていない。

 微かな光が差し込んでいた。


「僕は観客席に残ったクラスメイトを助けに行く。キミを信じていいんだね?」


 再度念を押すように確認すると、


「ああ。お前に俺を信じさせてやるよ。しっかりその結末を見届けな」


 頼もしい答えが返ってきた。


「分かった。キミは宝条院さんを救うんだ。他のみんなは僕に任せてくれ」


 そう言って、相馬はクラスメイトを助けるために戦闘フィールドから去った。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 あとがき

 第三章最高潮クライマックス

 更新頻度について。私が忙しいときを除き、基本的に最新話のPVが50を超えてから投稿しています。あんまり飛ばし過ぎてもあれなので。

 最近お姉ちゃんの出番が少ないですが、

「私は…悪くないよねぇ⁇」

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