第29話 姉弟

 ★ ★ ★ ★ ★ 


「姉さんお待たせ」

「今日は時間通りね」


 放課後。校門にたどり着いた流斗を、今日も遥が迎えた。


「椿姫さんとは仲良くできたのかしら?」


 顔は笑っているはずなのに、すでに目が怖い。


(昨日俺を監視しているみたいなことを言っていたな。ってことは今日の出来事もばれてるってことじゃ……)


「詳しく聞かせてもらおうかしら~?」

「い、いやー、別に、特に問題はなかったっていうか、大丈夫だよ?」


 流斗は適当に誤魔化す。昨日仲直りをすると言っておいて、明日決闘することになったなんて、口が裂けても言えなかった。


(今日のことはそこまで噂になってない。あくまでクラス内の話だ。なら、姉さんが把握していない可能性も)


「ねぇ、流斗……」


 遥の目から光が消え――流斗の前ではいつも笑っていた顔が一瞬、無表情になる。


「私に『嘘』ついてないよね?」


 歪んだ笑みに気圧され、流斗は今日の出来事を洗いざらいすべて話した。


 ◇ ◇ ◇ 


「つまり。流斗は椿姫さんと仲直りもできず、その上私のことを悪く言われて逆上し、なぜか明日、《魔術闘技会》への出場権をかけて決闘することになった。――ってことね?」

「概ね、その通りです」


 遥がざっくりと話をまとめる。

 流斗は今度こそ遥に怒られると思い、うつむいた顔を上げることができない。


「昨日あれだけ言ったのに、さらに火に油を注ぐとはね……でも――」


 うつむいたままの流斗の頭に遥が胸を当て、軽く抱きしめてきた。女の子独特の滑らかな肌や柔らかな膨らみが押しつけられ、遥の良い匂いが流斗の体を包みこむ。


「私のために怒ってくれてありがとう」


 その言葉で、流斗はすべて報われた気がした。


「もっ、もちろん! 俺はどんなときでも姉さんの味方だからね。宝条院との戦いも、さくっと勝ってみせるよ!」


 流斗は顔を上げて興奮気味に話す。

 すでに遥のことしか考えていなかった。


「それなのだけど、その試合自体はおそらくクラスメイトと担任教師くらいしか見ないでしょう。でも《魔術闘技会》本番となると、全校生徒、御園学園全体、全教師、はたまた軍の視察も入ってくる。だから、流斗にはクラス代表にならないでほしいの。資料の都合上、あなたのことを衆人環視の的にするわけにはいかないのよ」

「姉さんがそう言うなら、宝条院との戦いの後に代表は辞退するよ。元から目立つことをするつもりはなかったし」

「……ごめんなさい。あなたをこんな風にしかできなくて」


 落ち込んだ表情を見せる遥。

 流斗はすぐにそれを否定した。


「そんなことはない。俺は姉さんに助けられて、本当に救われたんだ! 感謝こそすれども、姉さんを恨む理由は一つもないよ」

「でも……」

「それに、俺は姉さんを愛しているから。姉さんの側にいられるならそれでいいんだ」


 遥に目を合わせて、しっかり自分の思いを伝えた。


「うっ……っ……」


 遥が顔を伏せて体を震わせる。


「ね、姉さん? どうしたの? 大丈夫?」

「流斗ぉ~! やっぱりあなたは私の特別だわ! あなたを弟にして良かった!」


 物凄い勢いで抱き付かれ、流斗は思わず地面に倒れ込んだ。


「ふふふ、この子が私の弟なのよぉ……ふふっ♪」


 遥が幸せそうな顔で頬擦りしてくる。傍目に見ると、流斗と遥の関係はどのように映るのだろうか。そう考えると、周りに人がいなくてよかった。


 流斗は帰路で気になっていたことを遥に訊いた。


「宝条院は、やたらと自分が『一番』であることにこだわっていたけど、姉さん、何か知ってる?」

「さぁ? 私にも詳しいことは知らないわ。私が知っているのは、彼女の父親が、彼女の幼い頃に死んでいるということだけ。彼女の父親は軍人で、私のお父さんと同期の親友だったの。でも魔術犯罪者を追っている最中、不幸にも命を落としてしまった。そのときは父さんも随分と落ち込んでいたからよく覚えているわ。そして、そのあと私のお母さんまで死んじゃって………父さんは一時的に廃人状態になってしまうのだけど――」


 誰かが死ぬ話は、何回聞いてもいい気はしない。

 人が死ぬ瞬間には、もう二度と立ち会いたくないな、と流斗は思う。


「それはさておき。そのような経緯から、椿姫さんは軍も魔術犯罪者もたいそう毛嫌いしていたわね。彼女にとって、軍も父親の命を奪った対象なのでしょう。若くして夫を亡くした妻、今の御園学園理事長――宝条院美咲は、元よりあった自身の魔術の才能を極め、元々お金持ちのお嬢様だったこともあり資金はたくさんあったので、それを使ってあのバカでかい御園学園を作ったってわけ。で、昔から友好のあった私の父さんもその手助けをしたから、今でも仲が良いの」


「なるほど。だから俺をこの学園に編入させてくれたのか」

「そう。椿姫さんは幼い頃に父親を亡くし、母親が一人頑張る姿を見て育った。だから、父親が死んだときに何もできなかった自分が嫌だったんでしょう。彼女は順当に自分を磨き続け、力を蓄えている」


 遥の話を聞き、流斗は椿姫に抱いていたイメージが少し変わる。


「あいつも色々苦労したってことか。だけど、宝条院の歩む道には明確なゴールがない。だからいつまでも貪欲に力を求め続け、『一番』になることを望んでいる」

「そうね。でも明日の戦い、油断していたら負けるのは流斗のほうかもよ」


 悪戯っぽく微笑む遥。


「俺は負けない。姉さんのことを悪く言ったあいつに負けるかよ。それに、上手く言えないけど、俺と戦うことで、宝条院には何かを掴んで欲しいんだ。何か、新しい……現状を変えるものを」

「まったく。流斗は優しいんだから」


 そう言って、遥が流斗の手を引く。二人の前には、周りの家と比べて随分と大きい神崎家が見えている。その門を、流斗と遥は二人でくぐった。

 遥のいない世界なんて考えられないほど、流斗の中で彼女の存在は大きくなっていた。




 流斗の視界の外で、遥は他人に見せられないほど恍惚に満ちた笑みを浮かべていた。

 その瞳は真っ黒に濁り、ぐるぐると渦巻いており、何もかも吸い込んでしまうブラックホールのようだった。眼球が不自然に動く。その目が見つめていたものは……


 ◇ ◇ ◇ 


 その日の夜。

 流斗は士道に呼ばれ、彼の部屋へと向かった。


「それにしても、今日は夕食を食べてから、やけに眠いな……」


 軽く頭を振って眠気を飛ばす。

 ノックをして返事が返ってきたのを確認し、扉を開けて中に入った。


「よく来たな。まぁ座れ」


 椅子に座った士道が机を挟んで対面にある椅子を指す。

 流斗は椅子に座って士道の話に耳を傾けた。


「流斗、今日はお前に言うことがあって呼んだ」


 もしかして椿姫と喧嘩していることを怒られるのだろうか? と不安に思っていると、士道はまったく別のことを口にする。


「神崎流斗。お前はあの夏からよく頑張った。正直俺は、お前がここまで成長するとは思っていなかった。戦闘能力も、人間としての器も、だ。よって、来週から遥が手伝っている軍の依頼の補佐をしてもらう」

「……えっ!? 本当に?」

「軍に対して資料等の手続きは無事に終わったからな。お前なら、遥の補佐も安心して任せられる。これからもあいつを支えてやってくれ」


 士道にいつになく真剣な顔で見つめられ、流斗も俄然気合が入った。


「かしこまりました。元より俺は、姉さんを守るために生きているのだから」

「そう……だったな。ところで、明日は何か大切な用事があるんだろ? 遥が言っていたぞ。それに備えて今日はもう寝たらどうだ?」

「そうですね。じゃあ、俺はもう寝ます。ありがとう、士道さん」


 それだけ言うと、流斗は明日の大事な用事(椿姫との決闘)について深く追求される前に、急いで士道の部屋を後にした。

 そして早々に床に就く。いつもより眠い。疲れて……いるのか……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る