第27話 作戦会議(姉不在)
「…………やってしまった」
昨日と同じ服装に着替えた流斗の声が、弱々しく闘技場に漏れる。
「決まってしまったことはしょうがないじゃないか。全力を尽くすまでさ」
同じく着替え終えた相馬が言えば、
「理事長の娘だかなんだか知らねぇが、向こうからケンカ売ってきたんだ。一発ドカンとやっちまえばいいんだよ!」
こちらも着替え終えて、準備体操をしていた弾が続ける。
「そうは言ってもなぁ、俺にも色々あるんだよ」
具体的には、遥に対する言い訳を考えなくてはならない。
(まったく、姉さんになんて言えばいいんだ)
心に不安を抱えながら、流斗は相馬に疑問を投げかける。
「というか、武藤。去年と同じく出場しないとか言っていたが、なんで『魔術闘技会』に出ないんだよ? お前なら代表もいけるだろ」
「家の事情ってやつだよ。昨日みたいに、この闘技場で戦うのは許されているけど、クラス代表戦みたいな目立つ場所では、魔術を使った全力戦闘は禁止されているんだ」
「ふん、なるほどな。いつか軍に所属するというのなら、自分の手の内はあまり多くの人に晒さないほうがいいって考えか。お前の親父さんは過保護だな」
「どういうことだ?」
話の内容を理解できていない弾が口を挟んでくる。
「軍に所属したとき、敵対することになる犯罪者や敵国に、なるべく自分の魔術や特技などを知られていないほうが戦いを有利に運べる。つまり、その分こいつの生存率は上がるってことだ」
「まあ、そうだね……」
相馬が苦笑いで答えた。
「そして、それは俺と宝条院の戦いにも言える」
「戦いは明日だね。ちょっと準備期間が短いんじゃないかな」
「武藤の言う通り。あいつは俺より先に、『明日』という期日を出してきた。いくら『魔術闘技会』の本番が二週間後だからといって、急ぎ過ぎじゃないか?」
流斗の問いかけに、弾が反応を示す。
「確かに、代表生徒の選出期限は本番の一週間前だしな。つまり、宝条院は相棒に自分の情報を集められる前に、戦いに持ち込もうって寸法か?」
「弾のくせに頭の回転が速いな」
「おお、そうだろう。――って、それはオレをバカにしてんのか!?」
弾が何か喚いているが、流斗はいつも通り気にしない。
「準備期間があればあるほど、俺は宝条院のデータを得ることができる。逆に宝条院はいくら時間があろうが、転校してきたばかりの俺の情報を集めることはできない」
流斗は続ける。
「加えて、一週間かそこらで急激に戦闘力を上げることも不可能だ。なぜなら、戦いとは敵対する両者が顔を合わせたとき、どれだけの実力があるかで決まるものだからな。だから宝条院は、自分のデータを俺に集められる前に戦うことを選択した。怒っていた割に頭が回るほどの余裕はあった。普段はもっと聡明なのだろう」
「そうだね。彼女は選択授業で魔術を取るだけでなく、勉学にもいそしんでいるからね。それで? キミはどうするつもりだい?」
準備運動を終えた相馬がこちらを見る。
「お前たち二人が知っている、宝条院の情報を知りたい」
流斗が弾と相馬を見て言うと、弾が顔をニヤけさせた。
「ったく、相棒はそんなにオレの力が借りたいのか? よし! ならオレが知っていることを全部教えてやるよ。えーっと、宝条院の選択科目は魔術で、頭も良くて、運動もできる。それと、あの性格だからクラスにはあんま馴染めてねぇな。まぁ、それはオレが言えることじゃねぇけど。あとは……えー、金髪で縦ロール。それとお嬢様? そういや、あいつはロシア人のクォーターだから、あの金髪は地毛だ。あと――」
「もういい。お前が役に立たないことが分かった。武藤は何かあるか?」
気を落とす弾を尻目に、今度は相馬に尋ねる。
「僕が知っているのは、宝条院さんが使う魔術の系統くらいかな。彼女はとても素晴らしい魔力神経を持っている。この学園の理事長の娘だから遺伝だろう。ちなみに理事長は学園全体に《幻術》をかけることができるほどの実力らしいよ。軍からも常にオファーがきているそうだ。頑なに断っているらしいけどね」
「理事長のことはいい。俺が訊きたいのは宝条院椿姫の情報だ」
「それはキミも知っているんじゃないかな? 彼女と廊下で戦ったみたいだし」
目を細めた相馬が、流斗を見据える。
「なんだ。知っていたのか」
「確信を得たのは今朝だけどね」
そういえば、代表を決めるときにそんな話をしたな、と流斗は思う。
「俺が戦ったのは一瞬だ。そのときは風を操っていた」
「そうか。でもそれは、彼女の力のほんの一部だと思うよ。彼女は太い魔力神経を使って空気中の魔力を大量に取り込み、自然に干渉する魔術を得意としている。おそらく彼女にとって、空気を操ることが一番簡単で応用が利くってことじゃないかな」
凹み状態から立ち直った弾が会話に入ってくる。
「相棒は知らねえと思うが、明日戦うことになる予備アリーナの戦闘ステージは地面が砂だぜ。自然に干渉するってことは、文字通り地の利を生かしてくるんじゃねぇか?」
「……弾。お前は頭が良いのか悪いのかどっちなんだ?」
どうやら弾は、ただのバカというわけではないらしい。たまにいいことを言う。
「それは僕もあると思うね。予備アリーナのフィールドは四方八十メートルと広い。本物のアリーナは百メートルだけどね。そして彼女は遠距離戦闘を得意としている。だから接近戦を得意とするキミは、彼女に一度距離を開けられてしまうと勝ち目が薄くなるよ」
(スチェッキンや手榴弾、投げナイフ等が使えれば、遠距離でも遅れは取らないが、もちろん使うわけにはいかないよな)
暗殺者としての思考が抜けない自分に少し嫌気が差す。
「試合開始時の位置取りはどうなる?」
「両者共にフィールドの端から十五メートルの位置で始まる。二人は五十メートルの距離にあるということだ。勝機を見出すとすれば、試合開始と同時に五十メートルという距離を埋め、宝条院さんに魔術を使わせず、速攻で倒すのが望ましいんじゃないかな?」
「勝負は一瞬ってことか?」
だが、それは宝条院も想定済みのはず。
さらにその裏をかかなくてはならない。
「宝条院さんの性格からして、素直に負けを認めるということはないと思う。となると、接近して絞め技で落とすのがベストだろう」
「まさか本当に殺すわけにはいかないからな」
流斗の言葉に、弾が再び割って入る。
「だがよぉ。魔術師同士の戦いじゃあ命を落とす危険がある。だから戦闘前に『命の保証はできませんが構いませんか?』みたいな紙にサインさせられるぜ」
「軍事学校でもないのに随分と物騒だな」
自分のことを棚に上げて流斗が言う。
「拳銃や爆発物などの化学兵器は禁止されている。が、刃物などの単純な武器は使用を認められてるんだぜ」
「魔術闘技会に出るような生徒は、魔術に特化しているから、武器を使用している人はほとんど見たことがないけどね」
相馬が弾の説明を補足した。
(戦略は広がる。この戦いは互いの戦闘力はもちろんだが、相手との読み合いに勝つことが重要。いかに相手の隙をついて攻めるか。長期戦は俺の不利だ。となると……)
長考に入ろうとした流斗に、相馬が真剣な目で語りかけてきた。
「僕はキミを信じている。その期待を裏切らないでくれよ」
相馬の念押しに対し、流斗は無言で目を合わせる。俺を信じろ、と。
結局、三人で明日の宝条院との戦いに頭を悩ませているうちに、時間は過ぎていった。
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