第25話 姉の弟監視網は広い

 ★ ★ ★ ★ ★


 御園中学の校門に向かう流斗の顔は少しやつれていた。


 相馬に対して一方的に語り去った後、弾と一緒に更衣室に向かった流斗は、そこで多くの生徒たちに囲まれた。その生徒たちからは、相馬との感想戦、流斗個人への質問等、訊きたいことが山ほどあると、目を見れば分かるほど、彼等の興味は流斗で溢れていた。


 流斗は着替えながら可能なことだけを簡単に答えて時間を稼ぎ、弾を盾にすることで更衣室を脱出してきた。身代わりにされた弾が何か喚いていたが、明日謝っておこうと思うほどには、肉壁として役に立っていたと思う。


 その後も、下校しようと校門を目指している途中で遠目に椿姫と目が合ってしまい、迂回して逃げてきたところだ。前方にようやく校門が見えてくる。


 遥が手に持った鞄を前にして立っており、その背筋の伸びた美しい立ち姿が周りの生徒の目を惹き目立っていた。遥に興味を持つ男子生徒が多かったが、彼女の美しさに馴れ馴れしく近づくことができないでいるようだ。遥はそれに気づいてないのだろう。


 遥は流斗の姿を捉えると、こちらに向けて軽く手を振ってくる。

 流斗は駆け足で遥との距離を埋め、横に並んで歩き出した。


 周りの生徒からなんとも言えないため息が漏れるが気にしない。自分のことを遥の彼氏か何かと勘違いしているのだろう。いい気味だ。姉さんは誰にも渡さない。


「遅い! まさか、私との約束を忘れていたわけじゃないわよね?」


 今朝、流斗は帰りに校門で落ち合って一緒に帰る約束をしていた。


「遅れてごめん、姉さん。もちろん覚えていたよ。俺が姉さんとの約束を忘れるわけがないだろう?」

「それもそうね。何かあったのかしら? 大丈夫?」


 一転、遥が心配そうな顔で訊いてくる。


「えっ、えっと……」


 転校初日から廊下で乱闘騒ぎを起こし、闘技場でまた大いに目立ってしまったことは隠しておきたかった。


「あ、えーっと、転校初日だし、まぁちょっとね」

「ふ~ん…………」


 何かを探るような遥の目を避けるように、流斗は別の話題を振る。


「そういえば姉さん。宝条院っていう名字、知ってる? どこかで聞いたことがあるような気がしてさ」


 と、あの金髪縦ロールこと、宝条院椿姫を思い浮かべて尋ねた。


「宝条院? 宝条院美咲さんのこと?」

「……美咲? 誰?」


 予想と違う人の名前が出てきたことに首を傾げる。


(宝条院は「わたくしの名前を知らないのはおかしい」と言っていたが、姉さんも知らないなら、本当は有名でもなんでもないんじゃないか?)


「あなた、美咲さんのことを知らないの? パンフレットに書いてあったでしょう」


 思い返す。そしてパンフレットの頭に、写真付きで名前があったことを思い出した。


「――あ、理事長か!」

「そうよ。美咲さんは父さんの友人で、流斗が学園に入ることに手を貸してくれた、御園学園全体をまとめる理事長様よ」

「姉さん、宝条院椿姫って知っている? 俺のクラスメイトなんだけど……」

「ええ、知っているわ。美咲さんの一人娘でしょう。そうか、あの子も流斗と同じ歳だったわね」

「やっぱりか! マズイ……」

「どうしたの? 何か問題でも起こしたのかしら?」


 流斗は遥の追及に目を合わせられない。遥が綺麗な顔を寄せてくる。


「いいから、怒らないから言ってみなさい」


(それは絶対に怒られるパターンでは?)


 遥がさらに詰め寄ってくる。

 近い。

 あと少しで唇が触れそうな距離だ。


「えっと、今日、ちょっと、出合い頭に手違いがあって……で、椿姫さんと色々あってバトって、その結果目をつけられました。校門に来る途中も、襲われかけて……」

「へぇ~、彼女は普段からしっかりしていて、余程のことがなければ怒ったりしないと思うけど?」


 こちらを見る目が冷たい。

 いつもの優しい笑顔が消えている。

 自分にも多少の非はあるので、反論のしようがなかった。


「まぁいいわ。宝条院椿姫が流斗の平穏な学園生活の邪魔になるのね。なら、私が処理しといてあげる。あの子にはなんの恨みもないし、美咲さんの娘だから多少心が痛むけど、仕方ないわね」

「……処理って?」

「処理は処理よ。何? 詳しく聞きたいの?」


 遥の暗い瞳は、それが冗談ではないと告げていた。


「ちょ、ちょっと待った! それはやり過ぎだ。そこまでしなくても大丈夫だから! 明日ちゃんと謝って仲直りしてくるから!」


 必死に遥を止めた。自分の姉なら本当に『何か』やりかねないと分かっているからだ。


「……そう。なら仲良くするのよ。明日は土曜だから、次の登校は月曜だけどね」


 正直、椿姫が話を聞いてくれるか怪しいが、今は遥を止められたことが大きい。


「分かった。どうしたらいいかな?」

「仲直りにはプレゼントがいいんじゃないかしら」

「プレゼント?」


 遥の言葉に流斗は首を傾げる。


(なぜ、俺があいつにプレゼントなんて買ってやらねばならんのだ。そんなお金があったら、姉さんに何かプレゼントを渡したい……)


 でも、椿姫との関係はなんとかしなければならない。


「それにしても、姉さんは俺に普通の生徒でいて欲しいって言うくせに、自分は唐突に凄いことを言い出すからびっくりするよ」


 流斗は軽く笑みを交えて冗談っぽく言った。


「そうかしら? 転校初日から学園の廊下で乱闘騒ぎを起こし、あまつさえ選択授業でさっそく大目立ちしたあなたには言われたくないのだけど」


 遥がジトっとした流し目で放った予想外の言葉に、流斗は身を震わせた。


「えっと、なんで知っているの? もしかして、そっちの高校にまで噂が広がった?」


 ありえないことだ。御園中学と御園高校は距離が離れている。それに、闘技場での出来事は一時間前のことだ。そんなに早く噂が広まるわけがない。だとすれば――


「そんなに早く広まるわけがないでしょう。中学には、私のファンだっていう女の子が結構いるから。その子たちに『少しだけ』流斗の行動を把握してもらっていただけよ。それに、私は流斗のことならなんでも知っているもの」


 大きな胸を張って遥が誇らしげに言う。なぜか背筋がぞっとした。


「別に、そこまでしなくても……」

「初日から問題を起こしたあなたの言葉に説得力はないわ」


 そう言われてしまえば、何も言い返せなかった。


「はい。お説教は終わり! 早く家に帰りましょう」


 遥が豊かな胸の前でパンっと手を叩いた後、流斗の手を掴んで歩き出す。

 その顔には笑顔が広がっていて、先程のやりとりはなかったかのようだ。


「……相変わらず、姉さんは切り替えが早いな」


 遥と一緒に学校に行き、手を繋いで二人で家に帰る。ただそれだけのことに、この上ない幸せを感じた。存外、流斗も切り替えが早いほうなのかもしれない。




 ◇ ◇ ◇


 あとがき。

 第二章完。

 ホロライブにハマってから、まったく原稿が進んでいません。作業しながらアーカイブで見ることを覚えなくては……。ちなみに箱推しです。

 でもマリン船長がずっと一番です。

 さておき、感想、レビュー等励みになります。

 PVも増えていて嬉しいです。

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