第23話 拳の行方

 相馬は流斗の状態を確かめるために、ゆっくりと近づいた。

 流斗は仰向けで目を見開いたまま倒れており、生きているかどうかも怪しい。

 呼吸音が一切なく、黒く濁った目は虚空を見据えている。

 まるで覇気を感じない。心臓を打ち抜いた相馬の拳は、その鼓動を止めたのだ。


「だから、本気を出さないと死ぬかもしれないと忠告したのに」


 身動き一つしない流斗に、相馬は興味をなくし、背を向けた。


 その瞬間――流斗が勢いよく跳ね起き、相馬に向かって飛びかかる。相馬が振り向いたときには、すでに流斗の右手が熊の手のように、相馬の顔面を抉ろうと迫っていた。


 相馬は咄嗟にブリッジの体勢を取ることで、流斗の攻撃を自身の頬を掠めるだけにとどめる。猛烈な擦過音。裂けた頬から一筋の血が流れ落ちる。

 二人の立ち位置が入れ替わり、両者は横目で睨み合う。


「……いきなり、魔術を使ってくるとはな」


 流斗は相馬に対し、低く暗い声を投げかける。


「別にルール違反じゃないだろう。さっきのキミたちの戦いに、魔術の使用は禁止というルールはなかったと思うけど?」


 反撃を食らってなお、相馬から焦燥は感じられない。


「それにしても、あの攻撃を堪え忍んでいたとはね。打ち込まれる寸前で、自身の肉体を強化して防御力を高めたのか?」


 相馬の読みは当たっていた。


 あの攻撃は、通常時の《剛硬鎧》では防げなかっただろう。流斗は相馬の拳が直撃する前に、自身の腹部を部分的に『硬化』させることでダメージを抑えていた。


「でも、まだまだキミの本気はそんなものじゃないだろう?」


 またも一瞬で相馬が流斗に接近。目にも留まらぬ速度で迫る攻撃。


(やはり、こいつも肉体強化系の魔術師か!)


 辛うじて相馬の鋭い回し蹴りを目で捉えるが、反応がまるで追いつかない。


「――ッ! 《神経加速アクセル》」


 運動能力、反射神経、動体視力、思考力、判断力等を通常時の二十倍にまで一気に跳ね上げた。流斗の目に、相馬の蹴りがゆっくりと流れるように映り込む。


 相馬の回し蹴りに対し、流斗は上体を後方に反るようにして躱した。


 だが、相馬は空振った右足を軸にして一回転し、そのまま左後ろ回し蹴りを続けて放ってくる。流斗はそれを後方に反らした上体を使い、バク転の要領で避けて距離を取った。


「へぇ……。反応が良くなったね」

「俺に魔術を使わせたんだ。余裕ぶっている暇は、もうないぞ」


 両者ともに距離を詰め、攻勢に出る。互いの拳が行き交い、何度か立ち位置を入れ替えながら攻防が続いたが、互いに致命傷となるような打撃を与えられずにいた。


 流斗は捨て身の覚悟で相馬を仕留めようと試み、右拳に魔力を集めて『硬化』させる。

 だが、相馬も考えは同じらしく、向こうの方が一瞬早く仕掛けてきた。


「《断空手刀斬り》ッ!!」


 まるで空間そのものを断つような相馬の手刀が、鋭利な刃物のように流斗の体を斬り裂こうと迫る――


「《硬化螺旋貫手》ッ!!」


 流斗は全身に捻りと回転を加え、左腕を引き手にして物凄い勢いで捻った右腕から強力な貫手を放つ。『硬化』された右拳が腕ごと螺旋を描き、ドリルのように相馬の体を突き破ろうとする――


 互いの命を狙う決め技が、両者中央で激しくぶつかり合った。

 徒手空拳。繰り出された技は生身の肉体でありながら、それは白銀に輝く刀身と、轟音を上げて唸るドリルを連想させた。


 直後に二人の拳が炸裂し、周囲に強烈な破砕音をまき散らす。

 一瞬の衝突の末、僅差で流斗の技が威力で勝り、相馬の手刀は流された。

 螺旋を描く貫手が、相馬の顔面を目がけて突き抜ける。


 しかし、流斗は相馬の顔を捉える直前で、貫手の軌道を僅かにそらした。

 周りの生徒からは、互いの決め技がぶつかり合い引き分けた結果、共に打撃がそれたようにしか見えなかっただろう。


「まさか、灰原だけでなく、あの武藤とも互角に戦うなんて……」

「二人とも、凄いな」

「ひ、引き分けか……?」


 二人の戦いを見ていた生徒たちから、勝負の決着が着かないのではないか、という考えが声になって漏れた。


「一体、どういう……つもりだい?」


 互いに背を向けた状態で、相馬が小さな声で流斗に問うてくる。


「何が?」

「さっきの決め技、キミは僕に当てる寸前で、わざと外しただろう?」

「お前の気のせいだ。互いの全力を出し合った結果がこれだよ」

「全力……か」


 相馬は納得がいかないようだった。

 流斗と互角に戦う実力がある以上、最後にわざと攻撃をそらしたことは誤魔化せないようだ。そこに、弾が戸惑いの表情を浮かべて近づいてくる。


「よく分からんが、観客もあんな感じだし、ひとまず引き分けってことでいいか?」

「俺は構わないが」


 と横目で相馬を見ながら流斗が答えると、


「…………僕も、それでいいよ」


 少しの間を置いて、相馬も首肯する。


「それじゃあ、この勝負は引き分けだァアアア!!」


 弾が宣言すると同時に、周りの生徒から歓声が沸く。

 口笛を吹いて囃し立てる者もいれば、惜しみない拍手を送る者もいた。


「まさか学園でベストテンに入る実力の武藤にまで勝つとはなァ。余計気に入ったぜ!」


 背中を叩いてくる弾に、流斗は疑問を抱いた。


「確かお前、武藤に学園で五本の指に入る実力者とか言われてなかったか?」

「あ? そうだけど?」

「それで。お前より強いはずの武藤が、なんでベストテンなんだ?」

「はぁ? ……あっ! それはな、武藤が言った、オレが五本の指に入るっていうのは、選択科目で『武術』を選んでいる奴等の中でってことだ。で、オレが今言った、武藤がこの学園でベストテンには入るっていうのは、魔術行使ありの実践的な実力のことだ。ちなみに、オレに魔術の才能は皆無だぜ」


 あまりの出来事に、流斗は頭が痛くなる。


「じゃあなんだ? お前は単に喧嘩が強いだけで、基礎魔術もろくに使えないザコってことか?」

「まぁな。――って、いくらなんでもザコはひでぇだろ! オレだって、魔術で少しだけ自分の免疫力を高めることができるぜ!」


 ドヤ顔で言う弾に、流斗は深くため息を吐いた。


(武藤の奴、俺の実力を測るためにハメやがったな……。だが、今はもうそんなことはどうでもいい。今すべきことは……)


 横目で相馬を見ると、彼はどうにも浮かない顔をしていた。

 流斗はそんな相馬に近づき、耳元で告げる。


「お前は信じてくれないかもしれないが、俺はお前が思っているようなことをするつもりはない。確かに、俺は昔……いや、つい最近まで、命の危険がある場所で生きていた。けど、そこに姉さんが会いにきてくれた。とても立派で美しく、それでいて孤独な人。そんな人が、俺の家族になってくれるなんて夢みたいで。この人のためなら、なんでもできるって思ったんだ。例え本当の家族だと名乗りあえなくてもいいから、側にいたいって。俺は姉さんの期待に応えたい。そんな俺が、罪を犯すと思うか? 姉さんに迷惑をかけたくないし、俺は姉さんのことだけは絶対に裏切らない。今はそれだけ信じてくれればいい」


 それを長々と一方的に伝えると、流斗は騒がしくなった闘技場を後にする。

 その後ろを、相変わらず馴れ馴れしく弾がついてきた。




 ◇ ◇ ◇


 あとがき

 あけおめことよろです。

 今年の目標は新人賞受賞です。

 まあ時間作って、ネット投稿小説もぼちぼち続き書きますよ。これとか。なんか反応あると嬉しいんですけど、コメとか来ないっすね……

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