第22話 武か修羅か
「お前の底はすでに見えた。これで決めるぞ!」
今度は流斗が弾に迫る。
弾は後退しようとしたが、流斗にハイキックした右足も痺れており、咄嗟に下がることができなかった。
「《
流斗は右腕を内側に押し込んで、右肩と背面部を弾にぶつける。
弾は衝撃を少しでも抑えようとして後方に逃れようとするが、流斗が右足で弾の足を踏みつけて固定しており、上手く逃げることができず全衝撃が弾の体を襲った。
「《山突き》」
流れるように両拳が上段と中段を同時に狙う。山のように弧を描いて迫る上段突きを、弾は咄嗟にガードする。が、中段を狙った拳の対応が疎かになり、腹部に深く突き刺ささる。流斗は《山突き》を受けて上体の浮いた弾の足を払い、マットに叩き付けた。
弾はなんとか受け身を取ったあと、すぐに起き上がろうとした。
けれど、弾は両目を開けたまま壊れた人形のように動かない。
否、正確に言えば、彼は身動き一つできなかった。
なぜなら弾の両目の前に、流斗の指がピタリと据えてあったからだ。
「《二本貫手・眼球潰し》」
二本の右指でハサミの形を作り、流斗は弾の眼球の前に固定していた。
「降参しろ。お前の負けだ」
ちょっとでも指を動かせば、弾の両目からは永久に光が失われる。
「……クソッ、しゃーねぇな。オレの負けだ」
弾の降参を受けて、流斗はスッと目潰しをどけた。
その瞬間、今まで息を詰めて試合を見守っていたギャラリーから大きな歓声が沸く。
「灰原に勝ったぞ!」
「変わった技だな……」
「あいつ、どこのどいつだ?」
などと、様々な声が行き交い、騒ぎが格闘場全体にまで広がる。
「……マズイな、少し目立ち過ぎた」
流斗は後頭部を打ち付けられたときから、すっかりギャラリーの存在を忘れていた。
勝利の余韻ではなく、自分の正体がばれるかもしれないという焦りが襲ってくる。
「お前、やるじゃねぇか! オレのダチになれよ」
ギャラリーの歓声に戸惑う流斗に対し、起き上がった弾が肩を組んできた。
「灰原、さっきまでケンカ腰だったのに、急に馴れ馴れしい奴だな」
「オレは自分より強い奴には敬意を持って接するタイプだぜ。あ! あとオレのことは弾って呼んでくれ。オレはお前のこと相棒って呼ぶからよ」
「誰が相棒だ。いいから離れろ!」
流斗は鬱陶しそうに弾の腕を払う。
「つれねぇなぁ……。オレを倒せる奴なんて、この歳じゃ、お前を除いて一人しかいないと思うぜ」
弾がドヤ顔で胸を張って言う。
「その一人っていうのは、どれぐらい強いんだよ?」
「ンなもん、本人に訊いてくれよ」
そう言って弾が指をさす先には、真剣な顔付きをした相馬がいた。
「いい試合だったね。二人ともお疲れ様。それにしても神崎君、最後の目潰しには殺気がこもっていたね。怖いなぁ。この戦いでキミの危険度は増したよ」
「武藤……」
「次は、僕とも戦ってくれないかな?」
相馬が爽やかな笑みを浮かべて言う。
だが、その目の奥は笑っていない。
(弾が俺たちに話しかけてきたとき、弾は武藤に対してどこか及び腰だった。それは、こいつが弾よりも実力が上だったからか)
「連戦で辛いかもしれないけど、僕もキミと戦ってみたくなった。いいよね?」
「俺にメリットがない」
「そうかい? 僕と戦ってくれたら、キミが知りたがっていた、僕と遥さんの関係を教えてあげるよ」
「気安く、姉さんの名を呼ぶなッ!」
「なら、僕とも戦ってくれるかい?」
急速に心が冷えていく。頭が冴える。
その上でなお、抑えきれない感情があった。
禍々しい殺気が膨らみ、それは余すことなく相馬に向けられる。
眼球内を小さな虫が這うように、ズズッと流斗の目付きが鋭く切り替わった。
(この感情はなんだ?)
自分より先に遥と知り合いだったという相馬に、流斗は苛立ちを感じていた。
「ルールは?」
「僕はさっきと同じで構わないよ」
一瞬場が静寂に包まれた後、流斗は口を開いた。
「弾、試合開始の合図をしてくれ」
「任せな、相棒!」
名前を呼ばれた弾が生き生きとした顔で頷く。
流斗は弾に相棒と呼ばれることを訂正するのが面倒になり、放っておくことにした。
「なんでこう、男にばっかりモテるんだか……」
弾がマット中央に行き、流斗と相馬はそれぞれのマット両端へと移動する。
戦いを観戦していた生徒たちは、新たな戦いが始まると分かると同時に、再び熱を取り戻し騒ぎ立てた。さっきよりも人が多い。
すでに弾との戦いによるダメージは残っておらず、流斗の体は万全の状態だった。
しかしこれ以上目立つまねはしたくない。僅かな可能性だが、自分が元暗殺者で流浪人だったことがばれるかもしれないからだ。
(でも、姉さんとあいつの関係は気になる。それにあいつは鋭い感性を持っている。今のうちに何か情報を掴んでおく必要があるな……)
相馬を横目で見ると、薄い道着を着て裸足で屈伸運動をしている姿が映る。
「弾、準備オーケーだ」
「僕もいけるよ」
二人の目に強い戦意が宿る。
観戦者を増した闘技場の一角は静かになり、戦いの火蓋が切られるのを待っていた。
「そんじゃあ、試合開始だァァ!」
弾が試合開始の合図をすると同時に、ギャラリーが歓声を上げた。
流斗と相馬は一斉にマット中央に向けて動き出す。中央付近に来ると、互いの隙を伺いながらグルグルと回り、少しずつ距離を詰めていく。この間にも多彩な駆け引きが行われており、互いに相手の出方を見極めていた。しかしそれも長くは続かない。
「《手刀斬り》」
最初の一手は、相馬から仕掛けられた。
相馬が大きく振り下ろした右手刀に対して、流斗は上体を屈めて躱し、逆に相馬の首を狙って手刀打ちで反撃する。が、流斗の手刀打ちは相馬の左手刀によって弾かれた。
再び相馬が右手刀を繰り出す。それをまた流斗の手刀が弾く。
流斗と相馬は意地になったように手刀を打ち合い、互いに相手の手刀を捌きながら手刀を放ち続ける。単調な手刀の打ち合いは、数秒ごとに鋭さを増していった。
威力を求めていた手刀は次第に速さを求め、二人の戦いは加速していき、徐々に互いの体を手刀が体を掠め、皮膚を削る擦過音が鳴る。
両者の手刀の打ち合いを、ギャラリーの半分以上が目で追うことができなくなった時点で、それは唐突に終わりを迎えた。
「……このままじゃ、決着がつかないね」
「バカ言え。俺の手刀がお前に当たってきてんだろ」
「それは僕も同じことさ」
流斗は攻撃の手を一度止め、相馬に気になっていたことを尋ねた。
「で、お前が強いことは十分に分かった。結局、お前と姉さんはどういう関係なんだ?」
「キミも薄々感づいているんじゃないかい?」
「……軍関係か?」
「その通り。僕は遥さんと同じように軍の手伝いをしている。この年代で軍属の人は少なくてね。それで遥さんと知り合ったんだ。と言っても、たまに話をするくらいだけど」
微笑を浮かべて遥のことを話す相馬に、流斗は心底苛立つ。
馴れ馴れしく遥のことを話されることがたまらなく癇に障った。
「姉さんは軍属じゃない」
「それは僕も同じだよ。あくまで父さんの手伝いさ。でも国民を『悪』から守りたいと思う気持ちは本物だ」
「父親も軍属か」
「だからね、僕はキミのような危険人物を放っておくわけにはいかないんだよ」
「俺のどこが危険なんだ? さっきも言ったろ。俺はただの中学生だ」
物分かりの悪い相馬に対し、やれやれと軽く手首を振る。
(俺は自分の家族すら守れない、ちっぽけなガキだ)
「ただの生徒が、転校初日にクラスメイトへ殺気を飛ばすのか? それに、あの出来事がなくても、すぐに僕はキミの異質さに気付いたはずだよ。さっき言っただろう? キミからは死の匂いがすると。命を懸けた戦いを生き抜き、ときにその手で誰かの命を奪ってきた、そんな匂いだ。僕はそういう人間に何度も会ってきたからね」
相馬はあくまでもこちらを危険視しているようだ。
「まったく、どうすれば理解してくれるんだか……」
相馬が自分のことを害がないと見なしてくれるのか、必死に模索する。
「だから、僕がキミを倒す。次は本気を出さないと……死ぬよ」
「――あぁ?」
流斗が間抜けな声を漏らしたとき、相馬はすでに目にも留まらぬスピードでこちらの懐まで接近していた。相馬はそのまま正拳を流斗の鳩尾に深く、抉るように突き刺す。
「ぐぁ……ッ!」
空気が振動するような衝撃が炸裂し、流斗はマットの外まで吹き飛ばされた。格闘場の壁に叩きつけられる。流斗の口から鮮血が溢れ、そのままずるずると床に倒れ込む。
視界に映る世界は、歪んだ。
◇ ◇ ◇
あとがき。
今年の更新はこれが最後になります。
本年ご愛読誠にありがとうございます。
ついでに誰かレビューくれ。否、ください。
最近は、宝鐘マリン船長の雑談動画や歌ってみたを聴きながら、執筆をしています。
実は新人賞に出す近未来刑事ものも進めているのですが、これがまったく進まねぇんだなぁ~。進むとは(哲学)?
………………
…………
……
↑どうでもいいけどこれ、エロゲで場面転換するときよく挟まれるよね?
来年もどうかよろしくお願い致します。
あ~、仕事辞めてぇ~~なぁ~~~!
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