第21話 鋼の肉体
格闘場の隅にある四方十メートル程の闘技用マットの上で、流斗と弾は互いに戦闘準備をしていた。弾の陣営にはチンピラみたいな格好をした彼の取り巻きが。
流斗の陣営には、なぜか武藤相馬がいた。
「なんでこっちにいんだよ」
相馬に話しかけながらも、流斗は念入りに体をほぐしていく。
「キミ一人だと不憫だろ。それに僕が興味を持っているのはキミだからね」
「チッ、気持ち悪いやつだな。好きにしろ」
相馬に言われた死の匂いがするという台詞の意味と、遥の関係が気になっていた。
だが、今はこの学園で五本の指に入る、灰原との戦いに集中しなければならない。
「オイ、準備はいいか? オレはいつでもいけるぜ」
弾のスタイルは裸足にボクシングパンツ。
上半身は裸で体格の良さが際立っていた。
「こっちも構わない。さっさと始めよう」
流斗のスタイルは裸足にカンフーパンツ。
上半身には袖のない空手の道着を着ていた。
二人は闘技用のマット中央に寄る。
「グローブは付けないのか? それに俺は素足でやるが、お前はボクシングシューズを履いてもいいんだぜ?」
「オレをただのボクサーと一緒にすんな。オレがやってんのはルール無用の裏ボクシングだ」
「なるほど、乱暴者のお前にはピッタリだな」
と冷めた目で弾を見る。
「テメエ! オレを前にしてその態度、相当肝が据わっているじゃねぇかァ!」
弾が青筋を立てて睨み付けてくる。
簡単に挑発に乗ってくる単純な男だ。
「この戦いに細かいルールはなしだ。お前も好きなようにやればいい」
「いいのか? 俺が使うのは空手だけじゃないぞ」
「それはオレも同じこと。ルールは単純! 相手を気絶させるか降参させれば終了だ」
弾は自信ありげにマット中央から去った。
流斗も首を軽く鳴らしながら、マットの端に移動する。
「じゃあ、僕が試合開始の合図をするよ」
いつの間にかマット中央に来ていた相馬の提案に、マット両端にいる流斗と弾は無言で頷く。周りには人だかりができていた。多少は有名な弾と初めて見る流斗の戦いに興味があるのだろう。両者の集中力が高まるにつれ、ギャラリーも静かになっていく。
神崎流斗と灰原弾。互いの視線が交差した瞬間、相馬の声が地下闘技場に響き渡った。
「――――試合開始!!」
両者一斉に勢いよく飛び出し、マット中央で駆け引きが始まった。
互いに相手の隙を見つけようと探り合う。
流斗は弾のことを筋肉の付き方から、インファイターだと見抜いていた。
弾の身長は流斗よりも十五センチ程高く、手足のリーチにも大きな差がある。
(しかし所詮はボクサーだ。ボクシングにない技には反応できないはず……)
弾に接近して上段と中段に二連突きを放った。
弾はその上段突きを首の動きだけで躱し、中段突きは一歩下がることで難なく避ける。
弾が一歩下がったところに流斗は右上段蹴りを続けて放つ。弾がそれを左腕で頭をガードする。が、流斗は蹴った勢いを利用し、左腕を引手にして鋭い右掌打を繰り出した。
それを弾がボクシングのスウェーを使い、上体を後ろへ反らせることによってギリギリで躱した。さらに流斗は弾の下がった上体を狙って左後ろ回し蹴りを放つ。体を旋回させながら脚部を回し込んで放った踵が、弾の左頭部を捉えた。
「ハアアアッ!」
だがその直前に、弾の左手が流斗の蹴りをガシッと掴んだ。
流斗の顔が驚きの表情を浮かべた瞬間――弾が高身長から振り下ろすように右ストレートを放ち、流斗の後頭部を捉えて鈍い音を響かせる。
流斗の体は螺旋を描いて派手に吹き飛んだ。
「しゃああああああぁぁぁあッ!」
弾が両手を掲げ雄叫びを上げた。
この間、わずかに五秒。
ギャラリーから歓声が沸くと同時に、呆気ない幕引きにため息を漏らす者もいる。
「一瞬でケリがついちまったなァ。オレをただのボクサーだと思って舐めてかかったことがテメェの敗因だ。言っただろう? オレのは裏ボクシングだって」
弾はうつ伏せで倒れている流斗を見下ろして、ご満悦な様子で語る。
「これで試合終了だ。お前はオレに「グローブは付けないのか?」と訊いたな。いざというときにグローブを付けてる奴はいねぇんだよ! オレは実戦に備えてボクシングに加え空手の鍛錬も積み、拳を硬く鍛えている。それを後頭部にもらえば終わりだ。空手の鍛錬のおかげで、お前のちょこまかした蹴りにも対応できた。この学園にはそういうハイブリッドなファイターも存在してんだ」
少しも反応を示さない流斗に、弾は大きくため息をついて体を翻す。
「ハッ、期待外れだったぜ」
その声に、ようやく流斗が反応を示した。
「――待てよ。まだ、勝負はついてないぜ」
弾が振り返ると、三半規管へのダメージで平衡感覚を失いおぼつかない足取りではあるが、流斗は確かに立っていた。
「お前……後頭部にあの一撃をもらって、まだ立てんのか!?」
「一発まぐれで入れたぐらいで、調子に乗るんじゃねぇよ……」
「……ッ! やるじゃねぇか……。思った以上に、楽しませてくれるぜ!」
今度は弾から流斗に接近する。
弱った得物を確実に仕留めに来た。
「《散弾・リバーブロー》」
弾の左右の拳が、次々と流斗の体を襲う。
流斗はそれを必要最低限の動きでゆらゆらと避け続ける。その動きは流水の如く。
弾は曲線的な動きを伴うフックやアッパーが当たらないとみると、キレのあるジャブを放った。それを流斗は上体を後ろへそらすことによって紙一重で躱す。
なかなか拳が当たらないことに痺れを切らした弾が、勢いよく振りかぶって威力のある右ストレートを放った。
「《ジェットハンマー》!」
「《
火の出るような一撃。張り手に近い、手のひらの手首付近で相手を攻撃する技。
流斗は弾の右ストレートに合わせ、その右ストレートの外側から左掌打を放つ。
両者の腕が交差して互いの打撃が、相手の身を砕こうと迫る。
流斗は首の動きのみで弾の右ストレートを避けた。弾も流斗の左掌打が当たる寸前で冷静さを取り戻し、上体を僅かに反らすことで顎先を掠めるにとどめる。
「……テメエ、今の動き……ボクシングか?」
「気付いたか。ま、自己流だけどな」
「お前の動きはボクサーのそれだ。オレのジャブを躱した動きはスウェー。さっきの交差技はボクシングのクロスカウンターに類似している。だがカウンターには大きなリスクが付き物だ。そのプレッシャーを跳ね除け、迷わず拳を放つ強靭な精神力。驚嘆に値するぜ。さてはお前、後頭部の打撃をもらったときも、首を殴られる方向に捻って衝撃を緩和してたな。そいつはボクシングの高等技術、スリッピングアウェーだぜ」
弾が顔を歪めながら、驚いた声で言った。
「さすがは本物のボクサー。何もかもお見通しってか? けどな、俺はお前の鈍間なブローを避けている間に、だいぶ調子が戻ったぜ」
「……クソが! なら完全に回復する前に、勝負を決めてやるよ!」
弾は全身の筋肉を引き締め、再度流斗に接近。そして大技に打って出る。
「《コークスクリュー・ブロー》!」
「《正貫突き》!」
手首を内側に捻り込んだ弾の左ストレートに合わせて、流斗は力強い正拳を放つ。
互いの拳が激突。
マット中央で強烈な音を響かせる。
「クソがあああああッ! 倒れろ! 神崎流斗!」
「《赤手腕刀打ち》」
弾の右ハイキックに合わせて、流斗は右腕全体を刀のように振るい、弾の蹴りに打ちつけまたも相殺する。互いの激しい技の打ち合いが、闘技場に爆音をもたらした。
「らあああああああああぁぁぁぁァ!!」
弾は雄叫びを上げながら体全体を大きく捻り、回転を伴った右の剛腕を流斗に向ける。
「コォォ……――《
特殊な呼吸法で『気血』を腹部に高速で巡らせ、流斗はノーガードで拳をもらった。丸太が腹に突き刺さるような衝撃が全身を襲う。ようやく拳を当てたことに弾が愉悦の表情を浮かべるのに対し、流斗の表情は垂れた長い前髪で見えない。だが――
「……響かねぇぞ、灰原ァ!」
流斗は前蹴りで弾を後方に勢いよく弾き飛ばした。
「ごほっ、う、えっ……? なん、で? 効いて、ねェのか?」
弾の口から思わず間抜けな声が漏れた。
「お前がどういう拳の鍛え方をしたのか知らないが、俺にはまるで効かねぇな。俺は幼少の頃から特殊な筋肉の付け方をしてきた。骨を折って無理矢理強化し、体全身を熱した砂に叩き付け皮膚を硬くする。腹筋や内臓にまで激しい刺激を与えて鍛えてあるんだよ。つまり、お前が最初に攻撃を決めた、後頭部が唯一の弱点だったのさ」
流斗は自分の後頭部をトントンと指で示しながら語った。
「お前……一体、何者だ?」
弾は再び戦闘態勢を取ったところで、自分から仕掛けたはずの打撃で両拳が鉄を殴ったように痺れていることに気付いた。
よく見ると拳の皮が少し裂けて血が滲んでいる。痛みで上手く動かせないのを悟った。
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