第9話 異世界の夜ほど幻想的な景色はない。

 それからタクマは、メアの旅立ちの準備などを手伝わされ、やっと幽霊屋敷から脱出する事ができた。ただ、屋敷から出た時にはもう日が暮れていた。急がないと城の門が閉じてしまう。


「それじゃあ二人とも、兵士みたいなのが来たらそのまま呪うのじゃぞ〜」


 メアはしれっと毒を吐き、見玄関まで見送りに来たサタン達に手を振る。


「君ねぇ、泥沼戦争しないで直接話すとか言ったそばから何を……」

「このたわけ、冗談に決まっておろう」


 タクマはメアに頭を強く叩かれた。

 大阪のオバハンでもここまで強くはないぞ。そう思いながらも、タクマはメアに会った時から思っていた疑問について訊く事にした。


「悪い悪い。それより、君はどうしてあの屋敷に?」


 すると、メアは目に涙を浮かべながら答え始めた。


「あの屋敷は、元々妾達家族が暮らしていた屋敷なのじゃ。じゃが、ここよりも良い家に住む事になった時、ここに図書館を建てたいから壊すよう言われたのじゃ」

「図書館……?」

「そう、図書館じゃ。ここからちょっと行った先にある市街地にもあるのにじゃよ」


 メアは、俯きつつそう話した。確かにあの屋敷、ボロボロで今にも崩れてしまいそうではあったが、綺麗と言われれば綺麗ではあった。

 それを壊して新しいものを作ると言うのも、悪い話ではないが、思い出のある彼女達にとってはたまらない話ではある。

 タクマは、真剣にその話を聞いた。


「最初はパパも拒んでおったのじゃ。けど数日前、人が変わったように同意した。あの屋敷には妾達の思い出が詰まっておる。それはパパも理解していたし、だから壊すなと拒んでいたのじゃ」


 そう言うとメアは、涙をぬぐい、拳を天に上げ「じゃからこそ、妾達が屋敷を守り抜いて、パパを泣かせてやるのじゃ!」と叫んだ。

 唐突な大声は林の中に響き渡り、林に住んでいた鳥達が逃げていく。


「そうと決まればさっさと行く!ぽへっとした田舎者が妾の護衛につける事、光栄に思うのじゃ!」

「うっ……耳元で叫ばなくても聞こえるから」


 タクマはメアの大声によって耳を痛めながらも、勝手に突っ走るメアを追う。

 姫様かと思うくらい可愛く、そして美しい筈なのに、とんでもないおてんば娘だ。何故だろうか、効かない相手に即死呪文をかけるかの神官の気持ちが理解できた気がする。


【アルゴ城 門前】

「た〜のも〜!た〜の……むぐむ!」

「こらこら、もうこんな時間なんだから、大声出さないの!」


 タクマは、門前で叫ぶメアの口を押さえて言う。すると、門の近くに建っている小屋が開いた。その瞬間、メアは風のようにその場から離れ、近くの木に身を潜めた。


(おーい、何してんの)

(馬鹿者、妾はアイツらが嫌いなのじゃ!)


 2人は訳の分からないジェスチャーで会話をする。アイツらが嫌い、一体何故嫌いなのか。それは分からないが、きっと何か関係があるのだろう。

 それより、何故あんな訳の分からないジェスチャーで分かったのか。それは飲み込もう。


「お前が王の依頼を受けた奴か。だがもうこんな時間だ、例え王の依頼の結果報告だろうと、入れるわけにはいかない」


 小屋から現れた門番は、もう1人いた筈なんだがと付け加えるように言った後、小屋へと戻ってしまった。

 門番の言葉を聞き、タクマはスマホの時間を見る。

 すると、その画面の時計はもう20時を回っていた。

 この世界の時間は日本時間とほぼ同じらしい。


「今日はダメみたいだな……」

「ま、まあな。明日行くぞ、明日」


 タクマはメアに顔を向けながら言う。すると、メアは冷や汗を流しながら引き攣った笑顔を見せた。アルゴ王と何か関係があるのだろうか。

 それにしても、もしあの屋敷に誰かが住んでいると言う事が分かっていたとすれば、何故王はあたかも誰も住んでいないと思わせるように「幽霊屋敷」と言ったのか。

 結果的に幽霊の子供が住んでいたから、本当に幽霊屋敷ではあったが、じゃあ何故メアが住んでいると言う事を言わなかったのか。王なのであればそれくらいは知っている筈だ。それに、森で隠れているものの、位置的にこの屋敷の入り口付近くらいは、城から見える筈だ。もしメアがそこから出入りしているとしていれば、監視員らしき人物が目撃してもおかしくない。

 考え込みながら城下町へと続くレンガ道を下っていると、その先にある酒場の光が、まだ消えていなかったのが見えた。

 

「光?そうだ、まだクエスト報酬貰ってなかった!メア、寄り道大丈夫?」

「しょうがないのぅ、今日だけじゃぞ?」


 メアはため息をつきながらも同意してくれた。気になる事は山ほどあるが、まずは飯、そして寝る所。それらを確保する為に、二人は酒場まで急いだ。


【酒場】

「はいご苦労様。報酬の5000ゼルンと、フィルさんからの振り込みで3000ゼルン、合計8000ゼルンです!」


 タクマは受付のお姉さんから「ゼルン」と呼ばれる硬貨の入った袋を貰った。

 そして、ついでにタクマはフィルにお礼を言うために今二人がどこに居るか訊いた。


「お二人なら、すぐそこのレストランで食事をしていますよ。」

「ありがとうございます!」


 タクマはお姉さんに礼を言い、飯屋の方へ向かった。


【飯屋】

「今回の件はありがとう、ほら座って座って」


 入り口すぐに座っていたフィルは、タクマを見つけると、声をかけながら片方空いてる長椅子に誘った。

 来ると分かっていたのか、椅子に腰をかけると、すぐにディナープレートが二つ置かれた。ただ、来るのが遅かったからか、フィルとアンの皿には何も残っていなかった。


「あら?その子、もしかしてカ・ノ・ジョ?」


 テーブルの向かい側に座っていたアンは、タクマに顔を近付ける。


「や、やめてくださいよ……」

「そうじゃそうじゃ。妾がこんな普通すぎる見た目の変な奴に心打たれる訳無かろう」


 メアはうんうんと頷きながら、タクマの発言に続けて言う。

 タクマの心は傷ついた。


「それより、報酬金の一部は受け取ってくれたかな」

「はい。ですけど悪いですよ。3000ゼルンは……」


 タクマは、3000ゼルン分の硬貨が入った袋を返そうとしたが、フィルにその袋を押し返された。


「これはティグノウス討伐に協力してくれたお礼。それと、これから君から聞き出す為の情報金でもある。だから、遠慮なく受け取ってくれ」

「うぅん、分かりました。代わりに俺の魔法についてを全て打ち明けます」


 タクマは頷き、改めて3000ゼルンの件に例を言った。


「まず、信じてくれないとは思うけど俺は日本って国で死んでここに転生したんです。そんでその時、神って名乗る人に頼んでこのコピーって魔法を貰ったんです」

「ふむふむ。それで?」

「その時、ついでに“使命”も告げられました。」


 タクマが“使命”と言った時、フィルとアンは顔を合わせて、これまでに話していた事に驚いた。そして、「「その使命ってのは……?」」と、顔を近づけて訊ねてきた。


「デルガンダルのどこかにある国の王、いや魔王を倒す事です」

「魔王を倒す、か。マスター、水を二つ持ってきてくれ!」


 フィルとアンは目の前に現れた水をグイッと飲み干し、タクマを見つめ直した。

 やっぱり、こんな御伽噺まがいの話、簡単に信じる人はいないか。


「流石に信じてくれないですよね、ハハハ」


 タクマは落ち込みつつも、自分に当たり前だろと言い聞かせて笑う。するとフィルは、タクマの手を握り、立ち上がった。

 それに釣られて、タクマも立ち上がってしまう。


「いや、信じるよ!流石に君が嘘をつく人間には思えない。それにその服、見る限りこの世界の物じゃない」


 タクマは目に涙を浮かべながら「ありがとうございます」と言ってフィルの手を握る。


「それにしても魔王か……そういえばアルゴの王も何か雰囲気が違ったような気が。いやまさかな」


 フィルがそう言った時、メアがすごい形相で振り返った。


「あら、どうかしたの?アルゴ王についてかしら?」


 アンは、メアに声を掛ける。しかし、メアはすぐに顔を変え、何も言わず首を横に振った。

 するとフィルは、「そういえばかつて、王には子供が居た気がするんだけど、あの子どうしてるんだろ。姫君が亡くなってから行方不明なんだよな」と呟いた。


「行方不明の子供?それは……」

「あぁごめん、何でもないよ。何でも……」


 フィルはまるで、誰かに口止めされているかのように、血相を変えて何も言わなかった。


「それじゃあ、そろそろ出ないと店に迷惑をかける。勘定は僕が払うよ」

「何から何まで……ありがとうございます!」


 タクマは二人にお辞儀をし、メアと共に宿屋へ向かった。

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