第8話 話し合いで決着付かなくても手を出すな
【例の幽霊屋敷】
タクマは王の命令で幽霊屋敷へ来た。
登るだけでギシギシ言う木の階段、手すりのアクセサリとして付けられているドクロ、血管を思わせるように屋敷を包む赤いツタ。
「近くで見るとホント雰囲気あるな。行きたくねぇ……」
そんなおどろおどろしい屋敷を見て独り言を呟きつつも、タクマは震える手を押さえて古ぼけた扉を開いた。
ギィィィっと錆び付いた蝶番の音が屋敷の大広間に鳴り響く。
「お邪魔しま……ヒッ!」
その時、タクマの挨拶をかき消すように後ろの扉が勢いよく閉まった。
そして周りが暗くなっていた事に気付き、タクマはスマホのライトを付けた。
「それにしても、中は思ったより綺麗だな……」
辺りを照らしながら探索していると、ギシギシギシギシ!と二階の廊下から、誰かが走るような音がした。
タクマは咄嗟に「誰だ!?誰かいるのか!?」と声を出す。すると、スマホが宙に浮き、その場で左右上下に暴れ出しながら、広間中央の扉へ行ってしまった。
(おいおいおいおいおい、あの動作は絶対取り合ってた。って事は幽霊は二人以上……)
「まだ余裕」と思っていたタクマの顔が次第に青ざめていく。
しかし、スマホがないと連絡すら出来ない、行くしかないな……
タクマは涙目になりながらも、とある特撮ソングを歌って気を紛らわせ、仕方なく広間中央の扉を開く。
「総長は怖い顔して〜、がんばれなんて叫ぶけど〜」
【幽霊屋敷 食堂】
扉を開くとそこには、あの絵画「最後の晩餐」に描かれているような長いテーブルと沢山の椅子が並んでいた。
一席にしか食器は置かれてないが、その食器は誰がどう見ても綺麗な、それも新品同様なくらいピカピカの物だった。古臭く、所々に蜘蛛の巣が張られているが、このフロアだけは、誰かが住んでいそうなくらいに綺麗だった。
「マジかよ、何でもありじゃねぇか」
タクマは苦手な心霊スポットに居ることを忘れ、目を輝かせながら見て回る。
すると、ドン!と何か硬い物が落ちるような音がした。それと同時にタクマは「ヒィッ!」とまた声を上げた。
その音がした方を見ると、ついさっき逃げたスマホが落ちていた。
「それにしても気味が悪い。王様でもちゃんと断るべきだったな……」
タクマはぶつぶつ言いながらスマホを持ち上げて、傷が付いてないか画面を見る。そして、その右上に「圏外」と表示されている事に気付く。
「まあ、このご時世に電波なんてあるわけないか。連絡は諦めよう」
と独り言を言いながらスマホを胸ポケットにしまう。
すると今度は「ビュォォ…」と隙間風が入る音が、目の前の小さなドアから聞こえてきた。
「は……入るぞ……」
【幽霊屋敷 謎の部屋】
「こ、こんにちは〜」
タクマは弱気な声で挨拶をしながら、恐る恐るドアを開ける。しかしその部屋は、部屋の中央に劣化しかけた棺桶がポツンと置いているだけだった。
「なんだこれだけか。祈念にでも手を合わせてあげるか」
多分誰かが死んでいるのだろう。埋葬されていないようだが、棺桶を開けるのは人として良くない。
そう思い、タクマが手を合わせて「南無阿弥陀仏」と唱えていると、棺桶の蓋がズズズと音をたてながら開きだした。
「あ……」
この時タクマは、ティグノウスの時とは違う恐怖心に襲われ、声を出すことが出来ないほどに腰を抜かしていた。
その間にも棺桶は開く。そして「ガタン!」と蓋が落ちる。
タクマはあまりの恐怖に死を覚悟し、目を瞑ってしまう。
「ヒィッ!」
「ふぁ〜、よく寝たよく寝た〜」
若い女の声が聞こえる。それも16歳前後の可愛い声。幽霊の声ではないようだ。
タクマが目を開けてみると、そこにはその通り、少女が居た。
金髪の右サイドテール、ルビーのように澄んだ瞳、そして海外の喪服のような衣装を着た美しい少女が、棺桶の上で体を伸ばしていた。
「そうじゃ、そろそろ朝飯の準備を……」
少女が立ち上がった時、タクマと目が合った。
「あ……ちゃす」
「ギャァァァァァァァァ!!!なんじゃお前、どこから入ったのじゃぁぁ!」
その少女は、寝起きドッキリを仕掛けたら面白い芸人のような悲鳴を上げながら飛び上がる。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
タクマも唐突な悲鳴に驚き、少女に負けない声で驚く。
しかし、満足するまで驚いた後、少女はすぐにタクマの事を見て「なーんだ」とつまらなさそうに言った。
「見た感じ幽霊でもなさそうじゃな。金目のものはないからさっさと帰れ。しっしっ」
少女はホッとした表情を浮かべ、払い除けるように手を振る。そして、タクマを無視し、タクマの後ろにあるドアノブに手をかけようとする。
あ、いけないいけない。タクマはすぐに気を取り直し、本題に入ろうとした。
「あの、俺あなたに話があるんで……」
「やだ」
「まだ何も……」
「やだ」
タクマは少女と話をしたいが、彼女は食いかかるように即答した。言わずもがな、聞く気がないようだ。
だが、扉を開けたその時、ふとこちらを振り返る。そして、珍しい虫を見るような目で「ん?んぅ?」と、タクマの事を見つめた。
「それよりお主の服、この辺りでは見ぬがどこの民族衣装じゃ?」
少女はタクマの体をジロジロと見る。
「ハハ、どうもっす」
「面白い客人じゃ、茶くらいは出してやろう」
「あ、ありがとう。ございます」
タクマは棺桶の部屋を後にし、少女に屋敷の小部屋へと案内してもらった。
【屋敷 小部屋】
「サタン、ハナコ!お茶の用意をするのじゃ!」
少女が誰もいない方に向かって喋ると、小部屋の扉が勝手に開く。
「あ、あの……これは一体?」
タクマが訊ねると、少女は「そうか、普通の奴には見えんのじゃったな」と言いながら手をポンと叩いた。
「サタンとハナコは、妾の屋敷に住み着いてる子どもの霊じゃ。屋敷に住まわせる代りに、アルゴ兵へのイタズラや、今みたいな雑用を頼んでおるのじゃ」
「じゃあ、スマホが逃げたり、二階の廊下がギシギシ言ってたのは……」
「奴らじゃな。それより、すまほ、とは何じゃ?」
その少女は、ついタクマが口から滑らしたスマホに食いつき、それについて訊いた。
「これの事です。ま、電波が無いからただの光る板なんだけど」
「でんぱ?板が光る……?
少女が首を傾げていると、扉がドン!と勢いよく開き、浮かんだティーセットが現れた。
「面白い奴と言うのは分かった。ちょっとした礼に良いものを見せてやる」
そう言うと少女は、歌を歌い出した。
綺麗な音色、しかし曲の歌詞は完全にこの世界の物なのか、タクマには理解出来なかった。
すると、浮かんだティーセットの方に「すっ」と二人の人影が現れた。
「アハハ、メアお姉ちゃんは、相変わらず歌お上手ね!」
「俺大きくなったら、他の男居なかったら姉さんと結婚する!」
ハナコと思われる子は少女の歌に拍手し、サタンと思われる子は、そのままテーブルにティーセットを置く。
「今のは普通の人間にも幽霊が見えるようになる歌じゃ、毎日こやつらに聞かせてやっている。」
「あ!変な板持ってたお兄ちゃんだ!」
「もしかして姉さんの婚約者か!?」
「違う違う。俺はただお前らの姉さんに話があって来ただけだよ」
タクマはサタンの頭を撫でようとしたが、その手はすり抜けてしまった。
ただ、すり抜けた時、微かに温かい感触があった。それなのに、頬を触ろうとしても、腕を触ろうとしても、スルリとすり抜けてしまう。
「姿は見えても幽霊は幽霊、すり抜けて当たり前じゃ。」
「あ、そうか……幽霊だったの忘れてた」
タクマは、自分が天然をかました事に反省し、紅茶を飲む。茶器は金縁の高級品が使われているのか、見ただけで紅茶が美味しそうに見えた。更に、味も「美味しそう」ではなく、本当に美味しい。
茶葉の香りが鼻にまで広がり、つい一口で飲み干してしまった。
「そう言えばまだ名前を聞いてなかったのぅ。妾はメア、この屋敷を守る者じゃ」
「俺はタクマ、まだ始めたての冒険家です。
そう答えながら、タクマはギルドカードを見せた。すると、メアと二人の幽霊は、それをまたじっと見つめる。
「適正武器は一つ、魔法属性には何も書かれておらぬのぅ。じゃがこの材質、紛れもなく本物じゃ」
メアはそのままカードを返し、タクマのカップにおかわりの紅茶を注いだ。
「気に入った。タクマの話を聞くとしよう」
やっと来た。ただ、よく考えれば相手は女の子。そう思った瞬間、タクマは急に恥ずかしくなってしまった。
だが、話さなければ始まらない。そのため、タクマは勇気を出した。
「単刀直入に言うと、俺はこの屋敷を壊すのに邪魔な怪奇現象の調査に来たんだ。それでその……」
「イタズラはやめてノコノコと壊されろと?」
「あ、いや違っ……」
無計画で来やがったな。そう思いメアは、自分の茶をグイッと飲み干して「その事は知っておるが、どうすれば取り壊しを辞めてくれるのじゃ?」と訊き返した。
「どうすれば……そうだ!」
「何じゃ?」
「このまま呪い呪われの泥沼戦争をしててもしょうがない。少なくともメアちゃんだけは生きてるし、王と話をつけに行くのはどう?」
そう提案すると、メアは露骨に嫌そうな顔をした。やっぱり駄目だったのだろうか。けど、話し合った方が良い気もする。とは思ったが、流石にそれは自分のエゴでしかないから押し付けられない。
考え込んでいると、メアは深くため息をついた。
「しょうがないのぅ、それで話がつかなかったら許さぬぞ?」
メアはジト目でタクマに釘を刺し、話し合う事が決定した。
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