第十五話 隣り合わせ

 似てない兄弟だな。

私のパパウェルの第一印象はその一言につきた。

どちらかが劣っているというわけではなく、どちらも私の基準で言えば、華はないが顔は整っている。

そもそも、この世界の顔面偏差値は異様に高い。

恋愛小説に限らず、創作の世界は一様に厳しい顔面偏差値の世界なのだ。

原作に出てきたキャラに庶民はいないから、モブ確定だが、それでも全く違う方向性の美形をよくぞここまで揃えたなと感心する。


「一階は店舗なんです」


 一度ギルドで見たことがあるかないか程度の私たちを、家の中へと招く警戒心のなさは子どもだからで済ませていいのか。

それとも、こちらが貴族であると踏んで、言いなりになっているのか。

物分かりが良くて、こちらとしては助かるから文句はないが、知らない人間を家に上げてはいけないと教えてあげるべきなのだろうか。


 裏口の扉を開けると、急な階段が上階に続いていた。

人一人分が通れるくらいで、幅も狭く、上から降りてくる人間がいても横は通れないだろう。

建物の外観や造りもそうだが、この世界は少し前の現代に近いヨーロッパ的な何かかもしれない。

恋愛小説だから、恋愛以外の余計な枝葉は切り捨てるということなのか。

水洗トイレもあるし、おそらく衛生観念もそこまでかけ離れたものではない。

悪臭や害虫の描写が恋愛小説で出てきたら、ロマンチックなファンタジー世界に浸りにくいかもしれんからな。


「今日は原料採取に出かけていて、両親は不在なんです」


 階段に息切れをしながら、マーチを後ろに従えて、私はようやく二階に辿り着いた。

見渡す限り、部屋数はそれほど多いわけではないが、庶民としてはなかなか良い住まいなのではないか?


「僕の部屋はこちらです。どうぞお入りください」


 私はネロの後に続き、部屋の中へと入りかけて、足を止める。

パパウェルの隣の部屋の扉が少し開いていて、じっとエッショルツがこちらを見つめているのだ。

不可解な行動ばかりをとる弟に興味をそそられていた私は、ネロに断りを入れる。


「少し隣の部屋を見てくるが、心細くはないか?」

「心細いわけがあるか。いてもいなくても同じだ。

貴様の方こそ、俺様がいなくていいのか?

俺様がいないところで問題を起こしても、対応できないぞ」

「わはは、まさか私が心配される側とはな!笑える冗談も言えるではないか」

「冗談なわけがあるか!貴様は自身の問題体質を自覚しろ!」


 問題体質って何だよ。

トラブルメーカーって言いたいのか?

精神年齢は遥かに私の方がお姉さんだというのに、舐められたものである。

私がいつ問題を起こしたというのだ!

もう、ネロのことなんて心配してあげないんだからね!

ほっぺを膨らませて、ぷんすこしながら、隣の扉の前に立つ。

扉の隙間から顔を出しただけのエッショルツが、異様な輝きを内包した瞳をぎらつかせている。

不可思議な奴。


「入らせてもらうぞ」


 なぜか先ほどとはうって変わって、無言のエッショルツに一挙手一投足を見つめられながら、扉を開き、室内へと入る。


 突然、目の中で弾けるハレーション!


 壁一面に様々な形の用紙が張られたその上を、色と色が爆発を起こしながら、激しく交差を繰り返す。

窓のない方の両壁に、色彩が終極するように二つの円を描き、ぶつかり合いによって焦げてしまったかのような真っ黒な太陽が、そこには存在していた。

黒い太陽のところどころで、フレアのように色が湧き上がる。

ここには、私の頭で推し量れない以上の何かが存在している。

天井にまで色彩は行き交い、心臓を掴んで揺さぶられているような熱さばかりを感じる、騒がしく落ち着かない部屋だ。


 その部屋の主人であるエッショルツが部屋の真ん中に置いてある、これまた奇妙なことに段ボールである、その上でどこからか切り取られたのか、歪な形の用紙いっぱいに色を書き散らす。

数分も経たず、エッショルツは書き終えた用紙を、既に紙が貼られている目線の少し下の壁に重ねて貼った。


「何なのだ、これは」


 当然の質問だった。

常人に意味がわかるはずがない。

なのに、私が質問したのが予想外だったのか、エッショルツはきょとんとした顔をしている。

その顔をしたいのは私の方なのだが。


「ソッチ」

「い、いたのか!!」


 あまりの色の暴力と衝撃に完全にマーチを忘れていた。

マーチは忘れられていたことを特に何も思わないらしく、同じ言葉を繰り返す。

私はマーチが指さす方向、反対側の壁に視線を移す。

そこには、無秩序な線と色彩が、いや、これは、まさか、


「カガミ」


 何かの間違いだ、偶然だ、計算して描けるはずがない。

理解できないものを見てしまうと、人間は否定から入る。

ただの乱雑で、自由奔放に描かれていた絵が、一転、全てが冷酷なまでの緻密な計算で成り立っていた事実に気付く。

背中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。


「オオキイ、カラス」


 マーチは興味深げに、エッショルツに話しかけている。


「兄貴怒ってた!オレ、おっきい烏みて、すっげー黒いし、でっけー!だから、オレ烏!」

「ワタシ、ヘイシ」

「すっげー!!!」

「オドル?」

「踊る!!!」


 部屋の真ん中で二人で仲良く手を繋ぎ、くるくると回りだす。

呆然とそれを見る私も、ふっと馬鹿らしくなって、


「私も踊るとするか…」

「ダメだ!」


 なんでや、エッショルツ!私だけ除け者か!

いや、別に踊りたくはないが、そう言われると傷付くというか。


「女だからダメだ」


 ドキリとした。

言いたいことは山ほどあったが、性別のことはどんな質問ですら、藪蛇になりかねん。

もしかしてマーチの性別がよりにもよって、口封じしにくい、行動が読めないエッショルツにばれているとか、ないよね?


「おい、終わったぞ」


 扉がノックと共に開かれる。

ノックの意味とは?


「何だ、この落ち着かない部屋は?」


 少しだけ部屋を見渡して、すぐに興味がなくなったのか、ネロは私の手を掴み、


「来い」


 私とのリアクションの差に、愕然とするものがあるな。

廊下に出ると、落ち着いた様子のパパウェルがこちらに向かって微笑みながら、頷く。

流れで私も自信たっぷりに頷くが、何の頷きなのかはわからん。


「パパウェルと共にギルドに行く」

「パパウェルと?」

「ああ、パパウェルの派閥は取り込んだからな」

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