第十四話 エチケットには気をつけて

「一体どういうつもりなのだ?」


 私の質問に答えず、ネロはギルドの外へと出ていく。

目的地があるらしく、採集場所の森ではなく、街の中心部へと向かっている。


「講習に出て、わかったことがある」


 ネロの歩くスピードは私よりも早く、思わず私は駆足になる。

そういう気の利かないところを直さないと女性にモテないぞ。

と、忠告しないのは、原作小説では女性にモテモテだという設定だからである。

所詮は顔ということなのか。


「何だ?この国の身分制度の緩さを実感したか」

「それは貴様と出会ってすぐに実感した。

それではなく、貴族も平民も、派閥があるということだ」


 はばちゅ…七歳の私にはよくわからない世界だよぉ。

父上は、私の住む本邸には貴族を誰も連れてこないし、私の社交界のお披露目や誕生日パーティとか、前世本で読んでいたような華やかな場所に私は未だ連れていかれたことがない。

未来の王妃、王子の婚約者候補なのだが、それでいいのだろうか。

少なくとも、そんな私よりもネロの方がよほど社交のことに詳しそうではあった。


「さっきの奴らは、解放奴隷の子からなるアスター派だ」

「アスター?そんな名前だったのか。何で知ってんの?」

「…貴様が周囲に無関心なだけだ」


 呆れた視線に笑い返す。


「奴らの評判は悪い。噂を鵜呑みにするわけにはいかないが…」


 あの着古した衣服や、清潔感の欠片もない泥や埃にまみれた体からは、それなりの生活環境が想像できた。

眉間に皺をよせ、考えこむネロの肩をつんつんとつつく。


「つつくな!」

「だって、真面目な雰囲気って苦手なんだもん」

「苦手を克服しろ!俺様と結婚したらっ…!お、おれさまと」


 更に速度を上げ、完全に駆け出したネロ。


「何で?!スタートダッシュの合図もなしに走り出さないで!置いていくな!」

「うるさいっ!!」


 ネロの感情の起伏がわからん!

首まで真っ赤にして怒ってるし、短気は損気って名言を知らんのか?!

完璧さを求められる恋愛小説の攻略対象だけあって、足の速さが尋常ではない。

追いつけないかと思った矢先、いきなりネロは停止する。

息を荒げ、足がガクガクで座り込みそうな私に対して、ネロもマーチも平然としている。


「第二派閥の筆頭は、パパウェルだ」


 走っているうちに感情をリセットでもしたのか?器用な奴め。

新築当初は白い壁だったものが、年月とともに壁の色はあせていったのだろう。

建物からは、漢方や苦い薬を前にしたかのような臭いが鼻をつく。

この世界にある薬局か。

この国の常識に照らし合わせると、金も権力もある貴族の医術者様の息子が冒険者ギルドになど来るわけがないからな。

私は隣に立っているネロを見つめた。

…攻略キャラでなければ、と付け加えておくか。

恋愛小説や乙女ゲーの攻略キャラは神出鬼没である。


「お前ら、何しに来た!!」


 どこからか、子どもの大声がしたかと思うと、目の前にチビが飛び出してきた。

人気がないとはいえ、店の前でいかがなものか、営業妨害ではないのか?

年齢的には私たちとさほど違いがないようにも思うが、挙動が激しすぎる。

落ち着きのない子どもだ。


「パパウェルはいるか」

「冒険者ギルドで見たぞ!貴族様みたいな恰好だ!!」

「貴様ではなく、兄「遊びに来たって相手になんかしないぞ!オレは忙しいんだ!」

「…っち、埒が明かねえ」


 舌打ちをして、建物の中ではなく、周辺を歩き出そうとするネロに立ちふさがるチビ。

興奮で鼻息も荒く、口に泡をふいて、まくしたてている。


「今日は大人しくしてろって親父も言ってたし、お袋も言ってたし、兄貴も!黙って朝ごはん食べろって!食べた!いっぱい!おなかたくさんだ!はら減った!でも昼はまだやってこないから、外にいる!オレは忙しい!たくさんってのは山ほどって意味だ!あふふ!そうだ!見ろよ!すげーの見つけたんだぜ!!!犬のうんち」

「もうたくさんだ!!やめろ!!!」


 手招きをするチビに、耐えきれなくなったネロが呻く。

同じ人間の子どもとは思えない、対照的な二人は分かり合える日が来るのだろうか。

マーチは興味深げにチビの指さす、モザイクの必要な物体を見つめている。


「ダレカ、フンダ」 

「ええ!エンガチョー!」

「エンガチョって何だ!何だよ!教えろよ!」

「私はショックを受けたぞ。ジェネレーションギャップって奴なのか、そうか…」

「じぇねって何だ!!お前意味わかんねー!ひひひ!あ、お前あれだ!外人!オレ初めて会ったぞ!オレの国があって、んーん、おっきな川が流れてっから!」

「なんだ、おぬし海を知らんの「しっ!蟻が葉っぱを運んでる!」

「静かにするのは、おぬしの方では「しー!!」

「うるせええ!!!」

「……エッショルツ?」


 耐えに耐えてきたネロが溜らず怒鳴り声を上げると、戸惑うような声がそれに答えるように聞こえてきた。

ぐるりと体全身を回転させて、やかましいチビが、声の方向に駆け出す。


「兄貴!!」


 向かう先には、弟に元気を吸い取られたのかといわんばかりの青白い顔をした不健康そうな男の子がこちらを見て、目を丸くしていた。


「お客様、ですか?」

「兄貴こいつらな!うんち!」

「エッショルツ、お話しして喉乾いているだろ?水を飲んでおいで」

「喉かわいたー!!」

 

 来た時と同じようにドダバタと建物の裏口へと走っていくチビ。

引っ掻き回すだけ引っ掻き回された私たちだけが残り、困惑気な兄、推定パパウェルがこちらに頭を下げた。


「弟がお騒がせしまして、申し訳ありません」

「いや、いいのだ。子どもは元気が一番だからな。なあ、ネロ」


 頷かないネロの、背中をつつく。


「だから、つつくな!」

「元気が一番だよね!ね!」

「……パパウェル、俺様たちは貴様に話があってきた」


 意地でも頷かないネロに、パパウェルは苦笑しながら、


「外ではなんですから、僕の部屋へどうぞ」

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