第十三話 眠りの美少女と子どもたち

「おい、寝るな!」


 ギルドの初心者講習会は、老若男女問わず、そこそこの賑わいがあった。

国の中心部であるから、危険も少ないという点からも、冒険者という職業は副業としても人気があるようだった。

さすがに、冒険者一本で生活していくには金銭面的に不安が残るそうだ。

お金の稼げる危険度の高い依頼の多い地域に行くしかなくなる。

もちろん、貴族たちからの護衛依頼料でも十分稼げるが、その依頼を受けるのは使命されるほどの腕の持ち主である。

そして、その腕はどこで磨くかというと、安全圏であるこの都市ではない。

言うなれば、この城下町はゲームで初心者が最初に立ち寄る街なのだ。

だからこそ、ネロや私のレベル上げに具合がいいというのはある。


「…ゅぅ…ね、えてなど、ゃい」


 無言で揺さぶるな!

私は隣で私をじっと見つめるネロを薄目で睨み付ける。


「起きたか」

「起きてた!寝てなんていないから!」

「じゃあ、今日の講習の最後に講師が言っていたこと、覚えているか」


 私はちらりと左側に視線を送るが、まるで絵画の世界のような美少女が目を瞑り、寝息を立てているという尊い光景が広がるばかりであった。

うーん、マーチに自分が護衛って本当に伝わってる?翻訳ミスってない?

かといってこの場に姿の見えないダイナを呼んで、答えを教えてもらうわけにもいかず、私は苦し紛れに唸る。


「ぶきはかならずそうびしてください?」

「講習日の総復習が実習だということだ」


 大きく溜息を吐いて見せてから、ネロは続けた。


「初心者の森で課題の採集を終えれば、正式に15階位として認められ、本格的に依頼を受けることができるようになる。更に言うと、14階位への試験の挑戦権も与えられる」


 初心者の森か。

聞いたことがないが、森と聞いて思い浮かぶのは森林浴を楽しめると言う街の外れの観光スポットだ。

一応この世界にも魔獣はいるらしいのだが、私は見たことがないし、おそらく首都である城下町の人間で見たことある方が少ないと思う。

魔王がいるわけでもなく、この世界の魔獣は日本で言う害獣の類に近いものがある。

とにかく、観光スポットということもあって、特に事件が起きたという話を聞いたこともない。

どちらかというと冒険者というよりも、採集家、掃除人に近い仕事が多いのが初心者の街である王都の冒険者ギルドである。


 周囲を見れば、他の人間に話しかけてパーティを作ろうとする連中も何人かいた。

今から行っても夕方には戻ってこれるだろう。

慎重を期して、他の講習を受けてからという選択肢もある。

だが、講習にはお金と階位が必要になる。

つまり、15階位すら至っていない輩に受けられる講習はそのレベルの物でしかないということだ。

ちなみに、私はゲームをする時、説明書を見ない派だ。


「よし!それでは今から行くか!」

「行くわけないだろ」

「だが、私たちは他の奴らよりも土台はあるではないか」

「いいか、俺様達に採集する植物を見分けることができるのか?できないだろ」


 確かに、庶民たちには見覚えのある植物であっても、王族と貴族である。

野草の知識はない。

家庭教師の教える範疇でもないので、家庭教師の怠慢でもない。

だが、私にはとっておきの手段があるのだった。

貴族らしいやり方が…買収ではないぞ!

それでは冒険が半減するではないか。

私とて、冒険心はある。


 私は眠れる美少女…もといマーチを叩き起こす。

ちなみにネロはそれをドン引きした目で見ていたな。

なんだ、惚れてもこやつは男だぞ、諦めろ。

性別を教えるつもりはないが、この美貌では教えたところで別の扉を開いてしまうかもしれんな、わはは!

元が悪役令嬢小説なのに、BLにシフトするところである、危ない危ない。


 気の弱そうな坊ちゃんを探して、周囲を見渡し、時折視界に入る異物は無視である。


「見ろよ、女連れてやがるぜ!ハーレムだぜハーレム!」


 ヒュー!と口笛を吹き、典型的な悪ガキ連中を絵にしたようなボロ服の庶民の子どもたちを半目で見つめる。

ここは小学校ではないんだぞ?

だが、注意する大人たちもいない。

ある程度の大きな規模の都市になると人間は、周囲に無関心になるという典型例である。

これは、ネロのぶち切れ案件では?と横目で伺うが、予想に反して、ネロも無関心無感情である。都市に染まってしまったか…。

相手にされてないと気付いたのか、余計調子に乗ったのか、ガキどもが近付いてくる。

中心のニヤケ面をした意地の悪そうな、と悪役令嬢の私が言うのも何だが、ガキ大将だ。

つぎはぎだらけの服といい、どこかのゴミ箱から漁ったのか、頭のサイズに合わない古い帽子を被っている。

いくら私たちが庶民の衣服を着ていても、清潔さと気品を見れば、貴族であることくらいわかりそうなものだが、無謀なのか頭が悪いのか、子どもだから仕方がないのか。


「おい、聞いてんのか?腰抜け君」


 それはまさかこの国の王子に向かって言ってるのか?

私が王子をからかえるのは公爵令嬢という身分があるからだが、正体を知らないとはいえ、怖い者知らずのガキ大将にひゅっと息を吸い込んでしまう。


「取り巻きを何人も連れて粋がっている奴に腰抜け呼ばわりされるとはな」


 ネロが鼻で笑うと、冷ややかな視線でガキ大将を見遣る。

んだとてめー!と激昂するモブの取り巻きどもを、ガキ大将は片手を挙げることだけで黙らせる。


「腰抜け君、勝負しようぜ?」


 サイズの合わない帽子のせいで表情が見えづらいが、口元だけでせせら笑いを浮かべているのはわかる。


「勝負?」


 片眉をあげるネロに、


「簡単な勝負だ。

どちらが早く、採集依頼を終わらせるか。

それでどちらが腰抜けかわかるだろ」


 な?と優しく、だが傲慢に言いきかせるガキ大将。

そんな勝負受けるはずがない。

地の利がある庶民の方が有利だというのもあるし、数の上でもガキ大将側の方が有利だ。

それに、と私はニヤケ面のガキどもを順繰りに見渡す。

単なる勝負ではない。

この話、何か裏がある。


「いいだろう」


 くそー!!所詮七歳児であったか!!!

簡単に挑発にのる!!!

あっさり頷くネロとガキ大将を止めようとする私の声は、取り巻きのガキどもの声にかき消されたのであった。

何なのだこやつら!

マーチ!聞いてくれ、ネロが!


 振り向いた先には、まるで美術館に飾られている西洋画の美少女が額縁から出てきたような、題名は「立ちながら眠る美少女」。

器用すぎない?

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