第十一話 癇癪持ちの王子

 腑に落ちなかったが、とりあえず、マーチとの契約を済ませた。

父上はマーチが片言だけど話せるようになったことにも、花冠をしていないことにも、何の疑問も持たなかったらしく、書類にて本契約をあっさりと済ませ、マーチはあっさり私の護衛に収まったのだった。

警戒心というものが全く感じられなかったのだが、ラスボスとしての余裕なのだろうか?


 お風呂、トイレ、寝る時以外はほぼ一緒のダイナとマーチを引き連れ、私は婚約者との二回目の邂逅を果たすのであった。

ダイナはどこかに隠れているが…いるよね?

天井を見るが、あー綺麗な天井だなー!としかわからん。

その一方マーチは隠密行動ができないので、説明は面倒だが、どうにもならないのだからしょうがない。

王子には適当に話しておけば大丈夫だろう。


 という舐めた態度が気に食わなかったのだろうか?


 私は荒れ果てた室内をぐるりと見渡す。

調度品はどれも桁外れの高貴な物で埋め尽くされていたのだろう部屋が、台風でも起きたのか、泥棒にでも入られたのかという悲惨な有様だ。

王子は保護されることもなく、隣の寝室で寝ているらしい。

要は、王子が癇癪を爆発させただけのことであった。

被害総額が莫大な癇癪だ。

室内で掃除をしているメイドたちの表情は疲れ切ったもので、見たことのある顔つきだった。

私の屋敷のメイドたちとそっくりな怯えた様子に、私はあの王子との共通点を発見した虚しさを憂えた。


「…婚約して落ち着かれたと思ったのですが」


 逆効果だろ、とつっこむこともできない。

疲労困憊な執事長が、か細い声で呟く。

初老の男性の白髪は年のせいなのか苦労のせいなのか。

王宮の使用人たちは貴族に対して、そう言った顔を見せるべきではないのだが、それを取り繕うことすらできないというところに、限界を感じる。


「一体、何があったのだ?」


 首を振る執事長。

いい歳の男性が涙目で、救いを求めるかのようにこちらを見ないでほしい。

私にどうしろと言うのだ。

気付けば、周囲のメイドたちも片付けをしながら、ちらちらとこちらに縋りつくような視線を送っている。

こういう時に両親は何をやっている…公務ですよね、わかります。

身分的にも話しかけられる人物は私しかいない。

タイミング悪い時に来てしまった、明日にすればよかった。

 

 出来立てほやほやのクラシカルメイド服を着たマーチは首を傾げて、片付けているメイドたちを見ている。

どうやら、自分と似ている服装のメイドたちが気になるらしい。

現実逃避もここまでだった。

私は仕方なく、寝室のドアをノックする。


「雪だるま、作「やめろ!!!!」


 扉が音を立てて、開かれた。

肩で息をしながら、ギロリとこちらを睨み付けるネロ、今日も元気いっぱいだな。


「その、歌は、やめろ」


 一語ずつ丁寧に私に言い聞かせるネロの勢いに飲まれて頷く。

なんだ、歌は嫌いか?

そうだな、冬ではないし、季節にあってなかったな。

私は反省し、顔を真っ赤にし、目を吊り上げているネロに笑いかけた。


「なんだ、元気ではないか。どうしたのかと心配したぞ」

「嘘を吐くな」


 顔を俯け、ネロは吐き捨てた。

喜怒哀楽の激しい奴だ。感情の地雷が多すぎる。

怒ったと思ったら、次は泣くのか?


「誰も俺様の心配など…」


 えええ、悪役令嬢の私に弱みを見せられても、困るんですけど…。

励まして好感度が上がりすぎても困るし、かといって落ち込む七歳児に冷たいことを言うなんてド鬼畜じゃないですか、ヤダー!

いや、悪役だから正しいんだけど、泣いてる子どもだよ?

子どもいじめたらあかんやろ。

思わずエセ関西弁が出てしまいそうになりながら、私は必死に頭を回転させる。


「…あいつらを、驚かせようと思ったんだ」


 とうとう、本格的に涙を零し始めたネロを、とりあえず寝室に連れ込む。

なんか卑猥な文章だが、私たちは七歳児だからな!何もやましいことはない。

プライドの高いネロだから使用人に泣いているところを見られたくないだろうと、私とてそのくらいの気は回せる。

静かに涙を流すネロは、泣く時すらも普通の子どものように泣きじゃくることはできない。

泣くことも上手くできないから、感情を表現する術を知らないから、その全てが少年の癇癪に直結するのだろう。

いつものネロがどれだけ背伸びして大人になろうとしていたのか、その努力が垣間見えた。

好きでもない私にしか縋りつけない少年の孤独に、私は…駄目だ、考えるな。

ネロをベッドの上に横たえながら、毛布を被せる。

自分を守るかのように体を丸め、隠れ切ったネロの体を毛布の上からポンポンとあやすように叩く。


 ほだされるわけにはいかない。

これは私のためだけじゃない、ネロだってそうだ、私以外の人間と結ばれるのがハッピーエンドなのだ。


 …だけれど、子どもの今なら。

今なら、きっと記憶の彼方に消えていくから。

ネロだって覚えていられないと思うから。

傍にいるだけだったら、許されるのではないか…?

そう思ってしまうのは私の甘えなのだろうか。


 ネロを完全に寝かしつけた私は、寝室から出て、執事長の元に向かった。

王子はスケジュールを管理されている。

だから、執事長なら一体誰のせいでこんな状況になったのか、予想を立てられるのではないかと思った。

だが、執事長は何も知らないようだった。


 婚約者との二回目の会合ということもあり、王子は早めの休憩をこの部屋でとっていたらしい。

王子の部屋は私よりもプライバシーが守られているらしく、しばらく王子はこの部屋に一人で籠っていたという。

それからしばらくして、派手な物音がしたと思ったらこの状況だったと。


 私は王子の部屋の窓から見える庭を見つめる。

それは、お忍びで城下町へと出れる道に繋がる庭であった。

後で知ったことだが、王子と私の二回目の会合のその日に、王子と同い年の貴族の少年たちの一人が誕生日パーティを開いていたらしい。

私が知ったのはそれだけだった。

 

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