第九話 気狂いパーティの幕が開かれる
「また来ると言ったであろう?」
腕組みをし、仁王立ちする私の前で眩暈でも起きたのか、ふらつきながら地面に伏せて、うめく奴隷商人。
店主の頭の後ろで一本にまとめられている長髪もうなだれているかのように見えてくる。
「…昨日の今日ですよ」
「今日の明日になるかもしれんな」
「やめてくだしあ><」
ダイナとマーチを引き連れて、私としてもこんなにすぐ訪れることになろうとは考えていなかった。
だが、膠着状態を解決するためには何か行動を起こさなければならない。
ダイナの助言を鵜呑みにするつもりはないが、この花冠に誰よりも詳しいのは現状この男だけだ。
だとすれば、私のすることは一つ。
「この花冠のことを聞きたい」
店主は地面についていた膝のあたりを手で叩き、土を払う。
ゆっくりと顔を上げると、いつもの付け込む隙のありそうな頼りなげな表情で、困ったようにこちらを伺う。
「前にもお話ししたように、花冠に関して保証はできかねます」
「冷たいことを言うな。私とお前の仲ではないか」
「冗談でも止めてください!!!恐れ多すぎます!!!」
「責任はとるから、もう少し花冠の仕組みを教えろ」
「口先だけの責任に身を任せたら、商人は終わりですよ…。企業秘密です」
「魔法と魔術の違いがわからんが、その類なのだろう?ハッターは魔術師なのか?」
矢継ぎ早の質問にハッターも若干疲れたのか、商人としての仮面が剥がれ始める。
どこか投げやり気味に、
「あっしは教師ではなく、商人です。お嬢様だから丁寧に対応させていただいてますが、本来ならすでに追い出されていると思ってほしいですね」
「見た所、護衛もいないようだが、どうやって追い出すのだ。魔法か魔術か」
更に問い詰める私にハッターは顔をぐいっと近づけてくる。
髪の色は茶色なのに、目の色は黒に近いのだな。
「花冠のことを聞いてどうするんです?お嬢様の目的は何ですか?」
「マーチに反撃されない方法だな」
「だったら…」
少し呆れたような視線で、首を振る。
「お嬢様、誠実さって知ってます?
交渉事の一番の手札ですよ。
相手に誠実に会話を試みようという考えは浮かばないんですか?
お嬢様は幼いのですから、相手も子どもには油断するでしょう?」
悪役令嬢の私に一番ほど遠い言葉ではないか!
それは考えつかなかったわ、わはは!
「だがエルフは子どもの姿でも年を重ねているではないか。人間の子どもが自分たちと違うのだと思うだろうか」
「まあ、お嬢様は普通の子どもには思えませんからね」
「私は公爵令嬢だからな!!」
「そういう意味でもないんですが…」
溜息を吐いたハッターが、ん?と何かに気付いたように、目を見開き、そしてこちらをじっと見つめる。
何だ、今更私の愛らしさに気付いたのか?
この世にロリコンをまた一人生み出してしまったとは、私も罪深い悪役令嬢よ。
「今、会話の中で何かおっしゃってましたか?」
「たくさんおっしゃったな!」
「そうではなく……は…ハッター?それはあっしのことですか?」
そこまで親しくない人間に愛称呼びされ、動揺するハッターに私はニコリと笑った。
「名前を知らないからな!呼ぶとき困るであろう?」
わはは!と笑う私に、空笑いを返すハッター。
そして、ペシリと軽く自分の額を叩き、そのままの手で髪の毛をかき回す。
目をうつろにさせて、地面と会話する様は、気狂いそのものだ。
ぴったりの愛称をつけてしまった私に満足しつつ、ハッターの回復を待つ。
いつの間にか、ハッターを警戒したのか、背後にいたダイナが横に立っている始末である。
それすらも、ハッターは動揺したのか、暗い瞳で私たちを見返し、ぶつぶつと…もしかしてハッターは異国人か?
小さくて聞こえ辛いが、ハッターが呟く言葉が違う国の言語に聞こえる。
「か、閣下は!閣下はどうです?!閣下も聞いているでしょう?」
「落ち着け、聞いている?とは何だ」
唾を飛ばす勢いで、こちらに近付こうとするハッターを牽制するダイナ。
それすら目に入らないように、にじりよるハッターの勢いに思わずたたらを踏む。
「なまえですよ!!」
「名前?」
「あなたが名付けたマーチ。いえ、それ以外も」
「それ以外?父上の愛称ならダフォディルだが」
私の答えに、ハッターは勢いを失くし、へなへなと地面に尻もちをついた。
目を見開き、呆然とこちらを見つめている。
異常な驚きだ。
一体何だ。私、またなんかやっちゃいました?
「……外します」
「ん?」
「花冠を外します」
「待て待て待て、突然すぎる」
「それが……
それが答えになるはずだ」
瞳をぎらつかせたハッターは、手負いの獣に見えた。
リミッターが外れたのは、マーチではなく、ハッターの方ではないか。
そう思ったのだが、次の瞬間私は考えを変えざるを得なかった。
確かに、マーチの花冠は正しくリミッターとして機能していたのだと、私は理解せざるを得なかったからだ。
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